タイワンの話、再び そして夜。暖炉の火をはさんで、わたしとタイワンは長いこと語り合った。 モンゴルは今、とても貧しい。経済状態は非常に混沌としている。このことは先にも綴った。その具体的な話をタイワンが教えてくれたので追記しておきたい。ウランバートルでは、1991年より、主な食料の購入は「カルト」という政府発行の切符で為さねばならなくなった。要するに配給制度だ。 月に一度、カルトは各家庭に配られる。カルトで購入できるのは、小麦、米、油、肉、茶、砂糖など。地区により定められた店で購入する仕組みになっている。しかしその店々は、慢性的な品不足で、たとえカルトを持っていたとしても、欲しいものが手に入れられるとは限らない。彼女自身、自分で食料や衣服を買ったことがないのだという。両親がどこかから手に入れてくるらしい。彼女が特別な例だとしても、それだけ売買の場面がないということだろう。ウランバートルに大きなデパートが一つある。しかしそこには、まともな商品はないという。 ウランバートル市内の人たちは、それでも何とか生活している。最も貧しいのは、ウランバートル近郊のゲルに暮らす人たちだ。彼らは朝と昼はほとんど食事をしないという。食べるものがないせいだ。お金を多少持っていても、食べるものがない。腐った食糧が流通することもしばしばだ。ウランバートルを遠く離れた、地方のゲルで暮らす人たちの方がむしろ豊かだという。自分たちの家畜から得る乳製品や、小麦粉、ジャガイモなどの農作物が手に入るからだ。 学生は、秋の収穫の時期になると、地方に駆り出され、1ヶ月間、農業に従事する。そうして国のために無償で働く。それはまるで、戦時中の日本のようでもある。 モンゴル政府は、これまで、外国から経済援助を受けた場合、生活手当として幾ばくかのお金を人々に与え、一時的な福祉行為をしてきた。しかし、そんなお金は瞬間的に彼らを裕福にさせても、やがてはもとの生活に戻してしまう。これでは何の解決にもならないとタイワンはいう。要するに「焼け石に水」だ。タイワンいわく、国は国民に労働の場面を与えなければならない。みんな仕事があれば働き、お金も得られる。国は早く工場を造るべきだという。
紀元前から変わらぬ暮らしの中で ソ連に次いで、世界で2番目に社会主義国になったモンゴル。しかしソ連のそれとは、まったく異質に思える。モンゴル人は遊牧の生活をしてきた。紀元前の昔から今日に至るまで、同じ様式のゲルに暮らし、同じスタイルの服を着、同じ馬乳酒を飲み、同じヒツジや乳製品を食べてきた。 日本の4倍もの国土に、わずか280万人。しかもウランバートルには、たった58万人しか住んでいない。そんな彼らに工業化は必要なのだろうか。彼らは今でも、そしてこれからも自給自足で生きていけるだけの要素を持っているのではないだろうか。タイワンが連発する「発展」ということばは、どういう状態を示すのだろう。人々は遊牧の暮らしを嫌い始めたのか。彼らは定住を望むのか。 かつて、モンゴルと、中国を中心とする周辺諸国との間で繰り広げられた軋轢の数々は、「遊牧民族」と「農耕民族」という圧倒的な価値観の違いによって生まれたものだ。遊牧民は、草が生い茂った「素のままの大地」を生存の絶対条件とし、農耕民は草地を耕し田畑にすることを絶対条件とする。 モンゴルと中国の間の深い溝は、この価値観の違いによって、紀元前の昔から延々と築き上げられてきた。モンゴルがソ連になびいたのも、そんな中国の支配から逃れたいがためのことだった。隣り合わせの2国間には、民間レベルでは今なお、冷たい風が吹き抜けている。 同じ蒙古斑を持つモンゴロイドということで、日本人とモンゴル人は近い存在だといわれる。しかし、たとえ顔は似ていても、生活の根本的な部分は、まったく異質なものだと思われる。彼らはそもそも、驚くほどに「欲」の少ない民族だった。常に移動する彼らにとって、「物」は大した価値を持たなかった。 チンギス・ハーンの息子であるオゴタイ・ハーンのことばを借りていうならば「永遠なるものとはなにか、それは人間の記憶である」。彼はまた「財宝がなんであろう。金銭がなんであるか。この世にあるものはすべて過ぎ行く。この世はすべて空(くう)だ」ともいった。モンゴルを訪れるまえに、ある書物でこのことばを目にしたとき、「極まってるな〜」と、無責任に感心したが、自分がいざ、この大地に足を踏み入れ、果てなく広がる青空に抱かれてみると、彼のことばが本当に、真実として伝わってくる。そんな遊牧の思想も、時代とともに変遷してゆくのだろうか。 わたしたちの暮らしを豊かにするともいわれる「物」の数々は、いったい何なのだろう。いらないものが多過ぎやしないか。素朴な疑問が頭を満たす。 あの山脈の向こうに暮らす人々は、何を思っているのだろう。どんな発展を望んでいるのだろう。何十頭ものヒツジたちを率いて流浪する人々は……。 |