ウランバートル唯一のデパートへ

 9月19日(土曜日)、快晴。最初のころの曇天が信じられないくらいの陽気だ。外を歩く足取りも、軽やかになる。黄金色に染まった街路樹の葉が、風にゆらりゆらりと揺れて、やわらかい日差しをきらきらと反射する。のんびりとした、心休まる午後。

 町の中心にあるデパートに行ってみた。ジャケットのポケットには、タイワンに両替してもらったトゥグリクの札束が、ばさばさと入っている。これを何とか使いたい。モンゴルに来てからというもの、使っているのはUSドルばかりだからだ。

 さて、デパートだが、遠目にみると、建物の大きさに圧倒され、随分と立派に感じる。しかし、近寄ってみると、何だか心もとない空気が漂う。まず、ショーウインドーが、ショーウインドーと呼ぶべきものかどうか、考えさせられる。

 とりあえずマネキンが数体並んでいるのだが、これらの着用している衣類が、何ともはや、へんてこなのだ。白いレインコートを着ているもの、セーターを羽織っているもの、そして色とりどりの「紙屑」を体中に巻き付けているもの……。その辺りをうろうろ歩いている子供たちのほうが、よっぽどきれいな身なりをしている。いくらものがないとはいえ、不思議ショーウインドーだ。

 デパートは、1階から4階まである。日本のデパートのような華やかさは微塵もない。物は確かに売っているが、量が少なくて、非常に簡素だ。がらんと空いたスペースが絶対的に大きい。まず、1階。同じ種類のシャンプーやクリーム、ブーツなどがすらりと並んでいる。そのほか、卵や砂糖、海外のビールは外国人向けのドルショップになっている。ドルショップには、お土産向けのカシミヤのセーターや手袋、デール、帽子、それにスニッカーズやガムなどのちょっとしたお菓子が売っている。

 わたしはどうしてもデールが欲しかったので、3階の地元の人用売場で、強引に買った。外国人はドルショップ以外では買い物ができない。だから売場のおばさんに困った顔をされたけれど、ドルショップの4分の1の値段で買えるのだから、引き下がる訳にはいかなかった。わたしはブルーのサテン地にオレンジのステッチが入った、美しい色合いのデールを買った。しかし、帯が売っていない。デパート中、探し回ったが、とうとう見つけることができなかった。

 それにしても。町の人たちは、そんなにひどい身なりをしているとは思えないのだが、デパートに衣類はほとんど売っていない。彼らはいったいどこで買い物をしているのだろう。週に何度か、郊外で「ザハ」という市場が開かれると聞いているが、みんな、そこですべてを調達するのだろうか。

 

酒井田くんとの出会い

 昨夜、中田さんたちと中国料理店で夕食を済ませたのち、ホテルに帰りロビーでくつろいでいると、背の高い青年が登場した。中田さんに紹介されるまで、彼が日本人だとは思わなかった。酒井田浩之氏。中田さんたちと同じ飛行機でウランバートルに来たのだという。

 彼も単身旅行だが、日本でホテルを予約すると、ガイドとクルマを強制的にセットにされるらしく、毎朝、ガイドと舞いあわせをして出かけるらしい。幸いにも彼のガイドはかわいらしい女の子らしく、さほどわずらしさは感じていないようだ。彼は見た目がとても若いので、大学生だろうと思っていたのだが、話を聞いてみると、私と同じ歳らしい。大学院を卒業したのち、野村総合研究所に入社したという。

 酒井田くんはこれまでに、幾度かロシアを中心とする社会主義国を旅したことがあるらしく、モンゴルの「物のなさ」には、さほど驚いていない。「デパートに物がないよね」と、わたしがいうと、「そんなことないよ。モスクワなんてもっとひどいよ」という。「ウランバートルは都会だよ」という彼のことばに、ひとつの町にもいろんな見方があるんだなと、しみじみ思った。

 物の有る無しの判断の基準なんて、曖昧でいい加減で移ろいやすいものだ。東京という巨大都市を基準に物事を考えていては、世界中がおかしくなってしまう。

 

モンゴルの食べ物

 午前中、タイワンがリコンファームの済んだチケットを、部屋まで持ってきてくれた。タイワンとあれこれ話していると、酒井田くんが遊びに来た。両手に、得体の知れない物体が入った広口のビンと、小さな魔法瓶を持っている。どうやら食べ物らしい。ガイドの女の子が、家で作って持ってきてくれたのだという。

 ビンに入っているのは「ボーズ」という食べ物。ヒツジの挽肉を、練った小麦粉で包んだもので、中国の「包子(パオズ)」に似ている。魔法瓶には白濁の液体が入っていて、茶色い物体がプカリプカリと浮かんでいる。結構気持ち悪い。何でもこれは、ボルツと呼ばれる干し肉を、乳飲料に漬けているらしい。ボルツは保存食として、遊牧民の生活に欠かせない。

 映画「チンギス・ハーン」の中で、モンゴルの軍隊が持っていた荷物の中に、このボルツがあった。ずっとずっと昔からある食べ物だ。今でもモンゴルの学生は、海外に留学するときなど、ボルツを持っていくのだという。

 「ボーズ」は、酒井田くんがウランバートルで買ったという醤油らしきものを付けて食べた。冷めて油が分離しているのが気になるが、あまり癖がなくおいしい。白濁液体漬け牛肉は、かなりためらったが、たべてみるとビーフジャーキーみたいでおいしかった。


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