馬乳酒飲みジャンケン大会 蒸留酒造りが終わったころ、農地調査に行っていた人たちが戻ってきた。これからゲルの中で宴が始まる。ヒツジの臓物を煮る間、馬乳酒飲み大会をすることになった。 ゲルの中は大人だけで総勢28人。子供を含めると30人を軽く超える。大人たちがゲルのかまどを中心に、左右2チームに別れる。ゲームのルールは簡単。ジャンケンで勝ち抜き合戦をし、負けたほうのチームのだれかが、どんぶりのような器になみなみと注がれた馬乳酒を一気飲みし、歌を歌わねばならない。ジャンケンのルールは日本のものとは違っていて、最初は指が思うように動かず、勝敗の判断もつきにくかったが、すぐに慣れた。 ヒツジの内臓をゆでるムッとした匂いが立ち込めるゲルの中で、ジャンケン大会はどんどん盛り上がり、飲めや歌えやの大宴会となった。一人が歌うと、みんなが声をそろえて一緒に歌う。みんな、とても楽しそうに歌う。そしてみんな、歌が上手だ。 中でも村長さんは、抜群にうまかった。何というのだろう、声量があり、声がつやつやとしていて、大地に響き渡るような歌声だ。歌のうまさも、村長さんになる一つの基準かもしれないと思えるくらいに。ちなみに村長夫人もとても上手だった。 わたしは、一気にお酒を飲むことが出来なかったので、歌を歌った。日本の「ふるさと」を歌った。みんなが手拍子を打ってくれた。
●モンゴル式ジャンケン |
やがて、かまどにかけてあったヒツジの臓物が煮え上がった。グロテスクな臓物が、アクだらけの煮汁に浮かび上がっている。ヒツジの体内にあったときそのままのボリュームで、大鍋を満たしている。もつ鍋の極致だ。 排泄物を出し切った腸には、野菜のみじん切りを加えた血が詰められている。得体の知れないひだひだの物体や、べろべろの脂肪のかたまり、レバー、腸詰め、その他、得もいわれぬ臓物の数々。それらを、おじさんが錆びた包丁でぶつぶつと切り始めた。切り分けたものは洗面器のような器にボンボンと放り込む。ものすごい匂いだ。 この光景を見ていた中田さんは、目を潤ませながらゲルを脱け出してしまった。見ているだけで具合が悪くなったらしい。 ついに、洗面器のような皿に小分けされた臓物を、「どうぞ」とすすめられる。せっかくのもてなしを、いただかないわけにはいかない。多少は躊躇したものの、手を伸ばした。強烈な匂いだが、食べられないことはない。薄い塩味が救いだ。食べ始めると結構いけるもので、あれこれ各部位を味見してみた。 おじさんが、ぱさぱさのレバー部分とべろべろの脂肪部分をセットにして手渡してくれる。食べてみると、確かに味のバランスがとれておいしい。時田さんも、口の回りを脂でテラテラと光らせながら食べている。「お互いサバイバルだよね」とか何とか言い合いながら、食べる。箸休めならぬ、手休めに食べるキュウリのスライスが、何ともおいしい。ほっとするほどさわやかな味だ。 臓物を煮た汁で、今度はリブ(あばら肉)をゆでる。ゆであがったリブは1人1本ずつ、切れ込みを入れて配られる。これがまた大きい。しかも尋常ならぬ脂身の多さ。こればかりは半分も食べられなかった。しかし、モンゴルの人たちは、残してしまうのが申し訳ないと思ってしまうくらいに、きれいに食べる。骨がつるんつるんになるまで、ひとかけの肉も残さず食べる。 そして最後。すべてを食べ尽くした後、その煮汁を飲む。もう、泣けてくるほどヒツジ三昧。最早「ヒツジ臭い」だなんて言葉がぶっ飛んでしまうくらいに、ヒツジの匂いに満たされている。さっきまでその辺で草を食んでいたヒツジが、あっという間に骨だけになってしまった。
アルガランタ村をあとに 祝宴が終わり、彼らの農業計画に関する諸々の打ち合わせが終わったころには、すでに時計は5時を回っていた。わたしたちはみんなに別れを告げ、バスに乗り込む。帰り際には、すっかり打ち解けてくれた子供たちが、こちらに向かって手を振ってくれた。 帰りはみんなで夕食。ウランバートル唯一の中国料理店へ向かう。初日、わたしが入り損ねたあの店だ。町じゅうどこを見ても食べ物がないのに、この店には本当にたくさんの食材がそろっている。味の善し悪しを問うよりも、このメニューの豊富さにまず脱帽だ。魚介類、野菜、肉類……。世界中どこに行っても中国料理店があるというが、まったくだ。わたしは久しぶりの贅沢に、心の底から喜んで、数々の料理をいただいた。今日は本当に一日中、中田さんたちのお世話になってしまった。
●モンゴルにおける外国人の食事 わたしはタイワンに念を押されていた。ウランバートルでは絶対にウランバートル・ホテルとバヤンゴール・ホテル以外で食事をしてはいけませんと。だけど、そんなこと、わたしには耐えられなかった。いくら不衛生だからって、生水、生ものでなければいいじゃないと思っていた。ゲルではヒツジの臓物を食べちゃったし、中国料理店ではたくさんの料理を満腹食べた。そのことを、ついうっかりタイワンにしゃべったら、えらく叱られてしまった。 特に中国料理店に行ったことを彼女は怒った。「わたしはミホさんにいいましたはずです。ウランバートル・ホテルとバヤンゴール・ホテルしかだめですといいました。この前、中国料理の店、営業できなくなりました。腐ったものとか、使ってたからです」。 ……あーあ。ものすごーくいっぱい食べてしまった。 |