ジャーナリストのおじいさんとの出会い

 中田さんたちが村長さんたちとともに、ジープに乗って農地の調査に出かけた。わたしと、日本語が少し話せるウルジさんはゲルに残った。いつのまにか、このゲルに、たくさんの人たちが集まっている。近所のゲルからやってきたのだとウルジさんがいう。しかし、この周辺は見渡す限り、草原しかない。一体どれくらいの距離が近所なのだろう。

 青いデールに身を包み、黄色い毛糸の帽子を被ったおじいさんが声をかけてきた。顔がまん丸くて大きく、背が低い。ドラえもんみたいなおじいさんだ。ウルジに通訳をしてもらいながら話をする。

 職業を尋ねられたので、この旅の記録のメモを示しながら、「旅行をして文章を書いたり、本を編集したりする仕事です」と答えると、わたしの手をしっかりと握り、嬉しそうにうなずく。そして「自分も同じような仕事をしている」という。ウルジによると彼はジャーナリストらしく、いくつかの著書もあるそうだ。しきりに「ミホ、ミホ」と話しかけてくれる。

 しかし、かなり難しい話をしているらしく、ウルジには通訳できない。ただ、「日本の人たちに、モンゴルのことを正しく伝えてください」といっていることは確からしい。「今回は休暇で来ているから、わたしが体験していることは記事にはなりません」というと、とても残念そうな顔をして、首を横に振りながら、「新聞のコラムには載らないのか」とか「雑誌に投稿しないのか」とか、懸命に尋ねてくれる。

 「モンゴルのことを少しでもたくさんの日本人に伝えてください。良いことも、悪いことも」ということばを繰り返す。

 わたしはやむなく「わかりました。わたしはこの旅で体験したことを、少しでも多くの知り合い、友人、家族たちに伝えます」といった。ウルジがうまく通訳してくれたのか、おじいさんは、丸い顔を思い切りほころばせて、わたしの手をさっきよりももっと強く握り締め、幾度もうなずいた。

 おじいさんはもう自分が歳だから、日本に行くことはないだろう、といっていたけれど、わたしはおじいさんに日本を見てほしいと思った。平原のただ中に暮らすおじいさんの目に、東京の町は、どんなふうに映るのだろう。

 

ヒツジの解体、再び

 ゲルの裏手でヒツジの解体が始まっていた。どうやら、私たちをもてなすためのパーティが開かれるらしい。人々が集まってきたのはそのせいだ。

 ヒツジの解体。ゴビ砂漠で初めて見たときは、とても強烈なシーンだと思ったけれど、慣れとは恐ろしいもので、今回は目をそらすことなく終止を眺めることが出来た。解体の手順はゴビの時と同じ。どうやら解体は男の仕事、内臓の整理は女の仕事と決まっているようだ。

 ひとしきりヒツジの解体を見学したあと、ゲルの中に入ると、むせるようなツーんとする匂いが立ち込めていた。かまどの上に不思議な形状の鍋がのっかっている。ウルジに尋ねると、蒸留酒を造っているとのこと。アルコール発酵させた乳を煮て、蒸留酒を造るらしい。

 


●蒸留酒(シミンアルヒ)の作り方 

 


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