アルガランタ村ヘ

 9月18日(金曜日)、午前8時。快晴。わたしたちはウランバートルの西方のアルガランタ村に向けて出発した。小型バスは、朝日に照らされた静かな町をくぐり抜けて行く。

 この調査に同行しているのは、押見さんがホームステイさせていたという女子学生ウルジさん(18歳)と、そのご両親、モンゴル大学地質学教授のタイワン氏、そして、かつて日本に5年間留学していたという、日本語堪能なモンゴル人青年実業家バッド氏(26歳)。彼が今回の調査の仲介役を務めている。それからバスの運転手さん。

 ウランバートルを出てほどなくすると、あたりは緩やかな丘陵をいただいた平原に変わった。時折、緩やかな斜面に農耕地が見える。その部分だけが模様のように、緑鮮やかに浮かび上がっている。小麦やジャガイモなどを栽培しているらしい。それ以外は、黄土色した冬枯れの平原が広がるばかり。そんな平原に、時々、円形の石造りの囲いが見える。寒いとき、ヒツジなどの家畜がそのサークルの中に入り、寄り集まって寒さを凌ぐのだという。

 バスの中で、わたしは中田さんと随分たくさんの話をした。中田さんは自分が会社を興したきっかけや、会社の方針、仕事をする上でいつも気にかけてること、将来の夢などを、一つ一つ丁寧に話してくれた。わたしもまた、どこまでも続く平原を眺めながら、自分のことを、ゆったりとした気持ちで話した。日本で、東京で出会っていたら、多分擦れ違ったままの人間同士が、異国の地で出会ったことで、話し合い、理解し合う。そうすることで、普段、自分がまったく知らない世界のことを、知ることができる。そんな出会いが、とてもうれしかった。

 

ゲルのおばあちゃんの歓待

 1時間半ほどたっただろうか。バスは小さな村の入り口に止まった。アルガランタ村。背の低い、古びた家が、ぽつんぽつんと立っている。わたしたちはここで、村長さんが来るのを待つらしい。バスを止めたそばに、小さな民家がある。その傍らに小さなゲルがある。わたしたちが、バスに乗ったり降りたりして待っている様子を見ていたおばあちゃんが、ゲルに招き入れてくれた。

 ゴビ砂漠で訪ねたゲルと比べると、散らかっていて、生活の匂いが染み付いている。両脇のベッド、中央のテーブルと暖炉、この位置はどこのゲルも同じだ。正面奥に置いてある鏡台の上には、ラマ教のおまじないグッズらしきものや、ラマ教寺院の写真などが飾られている。

 わたしたちを招きいれてくれたおばあちゃんは、民族衣装の「デール」がとてもよく似合う。背筋がぴんと伸びていて動きが早い。わたしたちをベッドの上に腰掛けさせると、飾ってあったホテイさんのような陶器の人形を一人一人の頭上に掲げ、大きな声でラマ教のおまじないを唱え始めた。

 そのあと、牛のヨーグルトや馬乳酒、チーズなどの乳製品、チャイ(ミルクティー)などをつぎつぎに振舞ってくれる。わたしは相変わらず馬乳酒は苦手であまり飲めなかったが、牛のヨーグルトはおいしくいただいた。つい先日、明治乳業が調査に来たらしい。「ブルガリアヨーグルト」に続いて「モンゴリアヨーグルト」が発売されるのだろうか。

 5ミリほどの厚さにスライスされている干しチーズはとても硬く、噛むのに一苦労。しかもやたらと酸っぱくて、口の中がキューッとなる。決しておいしくはない。だけど、おばあちゃんは容赦なくすすめてくれる。

 ひとしきり、歓待を受けたあと、ちょうどいいころあいで、村長さん夫妻がやって来た。わたしたちはおばあちゃんといっしょにゲルの前で記念撮影をし、再びバスに乗り込んだ。おばあちゃんは、出発しようとしているわたしたちのバスに近寄り、おみやげにと、ひとりずつに干しチーズをくれる。そして、バスに向かい、かいじゃくしのようなもので水をまき、またもやおまじないを唱えてくれた。多分、旅の安全を祈ってくれたのだろう。ありがとう。

 

村長さんの親戚のゲルへ

 わたしたちは、村長さん夫妻とともに、再びバスに乗った。集落を離れ、村はずれの草原のただ中にある村長さんの親戚のゲルへ向かう。このゲルで、今後のプロジェクトに関する打ち合わせをするらしい。

 わたしたちはここでも歓待を受けた。鼻水を垂らした子供たちが珍しそうにわたしたちを眺める。微笑みかけても、びっくりしたような表情のまま、遠巻きに眺めるばかり。

 このゲルでも、まずラマ教のおまじないを受ける。それから馬乳酒。ここのゲルでは馬乳酒を、牛の皮の袋(フフルと呼ばれる)に入れて発酵させている様子を見ることができた。フフルに入れた馬乳酒を、木の支柱にぶら下げて、時々揺らしながら発酵させる。揺らせば揺らすほど、いい酒ができるらしい。

 遊牧民にとって馬乳酒は、アルコール飲料という感覚でない。食べ物のような飲み物だという。よく飲む人は1日に何リットルも飲み、食事がわりにしてしまうらしい。何気なくフフルの中をのぞくと、数匹のハエが浮かんでいた。……気にするまい。

 それにしても、モンゴルの遊牧民が、いかにヒツジと乳製品に頼って生活しているかがよくわかる。もてなしの席に供されるのは、どれもこれも乳製品ばかり。乳を煮詰めて固め、平らに伸ばして干した、せんべい状の固いチーズ。大きな鍋に入れて煮込んだ乳を、数日覚ました後、上部に出来る分厚い膜の食べ物。ヨーグルト。カッテージチーズ風のバラバラしたチーズなど。いろいろな種類の乳製品が、本当にたくさんある。

 わたしは中でも「分厚い膜」の乳製品が気に入った。柔らかくてコクがあって、だけどくせがなく食べやすい。甘くない練乳のような味だ。これを、小麦粉を練っただけの素朴なビスケットにトロリと付けて食べると、とてもおいしい。モンゴルに来てからというもの、「おいしい」と思う食べ物に出会っていなかったので、わたしは黙々と食べた。おいしかった。

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