■雪の朝、氷雨の午後。ダレス空港からまずはアムステルダムへ
朝、外は雪が積もっていた。吹雪にでもならないかぎり飛行機の運航に影響はないだろうとは思っていたものの、できれば雪は止んで欲しいものだと思う。
部屋の掃除をし、荷造りを完了し、新聞を止める手配をし、電気のスイッチをすべて切り、夕方、家を出る。
空港でチェックインを終えた私たちは、いつものように雑誌などを購入し、そしていつものようにブリュワリーに入り、ビールを飲み、サンドイッチなどを食し、搭乗時間を待つ。
雪はすっかり溶け、従って出発が遅れることもなく、定刻通りに飛行機は離陸した。今年もまた、アメリカでクリスマスを迎えない冬だ。大聖堂のクリスマス・ミサはすばらしいとのことだが、ひょっとするとこれから先、一度も経験しないままかもしれないな、とも思う。
7時間半ほどのフライトを経て、オランダのアムステルダムに到着。このスキポール空港は免税品店などの設備が充実していることで有名で、だから、4時間の待ち時間は他の空港に比べると、少々楽しめるかも知れないと思う。
米国からインド行きの便は、ヨーロッパ、中近東の各地から接続便が出ているから、あまりぱっとしない空港(たとえばモスクワなど)で長時間待たされるのは、結構辛いものがある。
その点、スキポール空港はまばゆくて快適で、更なる約8時間のフライトを思うとうんざりさせられはするものの、しかし比較的リラックスした時間を過ごせた。
スキポール空港では、インド滞在中に飲むワインを3本(イタリアのキャンティ、スペインのリオハ、フランスのサンテミリオン)を購入。インドには国産のワインがあるが、説明するまでもなくあまりおいしくないし、外国産のワインはとても高価だから、買っておくことにしたのだ。
その他、A男の父ロメイシュへのスコッチや、姉スジャータに頼まれていたチョコレートの類、あれこれとお土産用のお菓子などを買い込む。
それにしてもヨーロッパは「喫煙者優勢」の社会だなと、カフェの片隅に設置された禁煙席にてコーヒーを飲みながら、思う。
空港内にはインターネットが使用できるサイバーステーションもあったが、とてもコンピュータに向かう気にならず、ポストカードを購入して家族と友人に早速カードを書く。
ポストカードを書くというのは、旅の途中の好きな作業の一つだ。昔、3カ月間、欧州を放浪したときも、毎日、父、母、そして妹宛に3通(当時父は単身赴任中)、書いた。
その土地土地の絵はがきと、切手と、そして気ままな文章。そこには、自分でも忘れてしまった感情の断片が散りばめられていて、たまに実家に帰って自分の書いた絵はがきを見ると、まるで他人からのメッセージのような気になることさえある。
■そして2年半ぶり、2度目のインド。
長いフライトも終盤、あと1時間あまりでインドだ。フライトアテンダントに渡される入国カードは、紙の質が悪く、ペラペラとしている。しかし「Welcome
to
India」の文字が添えられた、合掌する女性のイラストが何とも微笑ましい。
天井のスクリーンは、映画の上映を終え、現在の飛行地点を示す地図を映し出している。私はこの地図を眺めるのが好きだ。小さな、白い飛行機が、少しずつ、少しずつ、目的地に向かって移動して行く。
カブール(アフガニスタン)、イスラマバード(パキスタン)、チベット自治区、ヒマラヤ……。そんな文字を目で追いながら、なんだかとても遠いところに来てしまったような気がする。
そして15日深夜。ニューデリー、インディラ・ガンジー国際空港に到着。前回訪れたモンスーンの時期とは全く異なり、深夜の空港はひんやりとした空気が漂っていて、あたりは浅い霧が立ちこめている。
ほのかに、インドの匂いがする。
A男(夫)が傍らで、「タダイマ〜」と独り言のようにつぶやく。
空港内を歩きながら、思う。ああ、何もかもが歪んでいる、と。何も疲れているからではない。ありとあらゆるものが、いい加減な建築・内装のため、ピシッと並行・垂直・水平ではないのだ。
歪んだ蛍光灯、傾いたサイン……。インドだ。
出入国管理の職員たちは、とても気さくに我々を迎えてくれた。わたしにパスポートを返しながら「サヨナラ」と微笑む職員。
空港にはA男の父、ロメイシュが迎えに来ていた。深夜の空港は、しかし発着便が多い時刻でもあり、喧騒に包まれている。マルハン家に15年以上仕えている使用人のティージビールが、山吹色の毛糸の帽子と、肩をしっかりと覆った、袖のあたりが微妙に長いチョッキ(ベストというよりはチョッキ)を来て登場した。
前回の旅行では、彼に本当に、お世話になった。彼はドライバーであると同時に、マルハン家の雑事を仕切るマネージャー的な存在でもある。英語を話せないから意志疎通は図れないものの、「仕事ができる頼りがいのある人」という感じがする。
どことなく愛嬌があり、誰かに似ている……と記憶をたぐると、加藤茶に似ていることが判明。以来わたしは、彼のことを、心の中で「カトちゃん」と呼んでいる。
そんなことはどうでもいいとして、ロメイシュは相変わらず元気そうだった。というか、つい半年前、1カ月ほども顔を合わせていたから、別段、「久しぶり」という気もしなかったが、一応、
"Long time no
see!" (お久しぶりです!)
なんて言いながら、感極まった感じで抱き合い再会を喜び合う。
空港からA男の実家までは、約20分ほどのドライブ。窓を開け、冷たい空気とインドの匂いを吸い込む。ところどころにオレンジ色の街灯が光る静かな町。
明日から、どんな日々が待ち受けているのだろう。