SCENE01: そしてまた、ムンバイ。アラビア海を見渡す場所へ
MUMBAI (BOMBAY) AUGUST 30, 2005/ DAY 1

さらりと軽き涼しき風吹くカリフォルニアから、しっとり重き温き風吹くムンバイへ。
つい1カ月ほどまえ、とてつもない洪水で、物も、人も、轟々と押し流されたはずなのに、
その片鱗は見当たらず、平気な顔をしているかのように見える。


【8月30日(火)】

今年2月の「怒濤インド旅」に比べればはるかにましだが、それにしたって今回も、急遽出発が決まったインド旅。2週間の旅を前にして、たいした準備もせず、出発するに至った。

東海岸から西海岸に移り、シリコンヴァレーはインド人が多いことから、気分的にはインドに近くなったが、地理的にはより一層、遠くなった。今回利用するのはルフトハンザ航空。サンフランシスコからフランクフルトまで約11時間、フランクフルトからムンバイまで約8時間。乗り継ぎの時間をあわせると軽く20時間を超え、時差その他の関係で「3日間に亘っての」移動である。

さて、ムンバイに到着したのは29日の深夜、正確には30日の早朝2時ごろである。欧米からインド入りする便は深夜着が多いのだ。ムンバイ国際空港に到着し、飛行機を降りる。独特の匂いを伴った湿気を含む空気に包まれた瞬間、「あ〜。インドに着いた」と思う。

薄暗いターミナルを歩き、入国管理を通過する前に、まずはトイレに行っておこうと思う。扉を開けると、3つの個室。洋式1つに和式、いやインド式が2つ。トイレットペーパーはついていないが、たいていトイレのどこかに置いてある。

視線を洗面台に移すと、トイレの隅の地べたに、3人の女性が寝ているのが目に入った。たとえ、そこがインド最大都市の国際空港のトイレであれ、掃除をする女性らが、トイレで寝ているのである。のっけから、インドである。

早速、気分が「インドモード」に切り替わったところで、入国審査を通過し、荷物を受け取りに行く。フロアの半分ほどが改装されているが、半分はまだ古いままで、新旧混沌としている。全部が出来上がるころには、現在新しい箇所が古くなってしまっているだろうことを予想させる。

一画に、インフォメーションブースができているのを見つけたので、ムンバイの地図とタウンガイドをもらった。数年前より政府観光局が始めた(と思われる)観光客誘致キャンペーンのキャッチフレーズ Incredible Indiaの文字が記されている。印刷物の質は今一つだけれど、来るたびに少しずつ、なんらかの変化を見られるのは興味深いものである。

今回の滞在先は、去年の4月(インド彷徨2)に宿泊したのと同じ、タージマハルホテル。ムンバイのランドマークであるインド門に面した、由緒ある豪奢なホテルだ。たとえオンボロの空港であれ何であれ、高級ホテルに滞在すれば、ドライヴァーが空港まで迎えに来てくれて、荷物を運んだり諸々の世話をしてくれるので、たちまち「姫気分」である。

世界最高の人口密度を誇るムンバイの町も、深夜1時を過ぎれば人気が少ない。以前に比べると、町のゴミが減り、心無しか、きれいになっている気がする。先月の大洪水で、汚れが洗い流されたのかしら……などと、不謹慎なことを考えつつドライヴァーに尋ねれば、商店などで出すビニル袋を、最近、紙袋に移行しているのだとか。そのため、ゴミが目立たなくなったのではないかとのこと。真偽の程は、定かではない。

夜の道路は渋滞もなく速やか。途中、大勢の人々が「はだしで」道を歩いている様子が見られた。毎週火曜の深夜、ガネイシャ神を祀る寺院では宗教行事が行われているという。毎週、深夜に寺院参りとは、何やら日常生活に負担がかかりそうな気がするが、そんなことはないのだろうか。

30分ほどのドライヴののち、ホテルに到着。

"Good morning, Madam" "Good morning,Sir"

の声に出迎えられて、しかし、これから寝るのだから、"Good evening"と言ってほしいものよ、と思う。

我々が泊まるのは、タージマハルホテルのオールドウィング(旧館)。ここ数年のうちに全客室の改装が完了し、伝統的な風情の中にも近代的な設備が整った、快適なホテルである(はずであった)。

ゆったりとしたバスタブに湯を張り、身体をしずめてリラックスしたあとベッドに入る。時計の針はすでに4時を指している。夫の打ち合わせは明朝11時から。時差ぼけなく、熟睡したいところだ。


深夜のムンバイ国際空港。到着ロビーの外は、ネームボードを掲げ、ゲストを迎えるドライヴァーたちがひしめきあっている。空港を出れば、ドライヴァーが荷物を引き受け、車に詰め込んでくれる。力仕事はもう不要。

翌朝、ホテルの部屋から見下ろす風景。インド門と、ハトとカラスと人と犬と、くすんだアラビア海。

バスタブにバブルたっぷり、ゆっくり浸かって長旅の疲れをいやす。

ひんやり、ひろびろとした、このバスルームが気に入ってはいるのだが……

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