「もう、どうせ1泊なんだから、どこでもいいよ。さっさと決めようよ」 サンタフェに滞在していたときのこと。長い時間コンピュータに向かい、セドナのホテルをインターネットで検索していた夫に業を煮やしたわたしは言ったものである。このホームページの読者の方からも、おすすめの宿の情報を教えていただいていたので、そこはどうかとわたしが提案するのだが、どうも彼には彼の検索方法があるらしい。 まずはFrommer'sという旅行ガイドブックのサイトに行ってレヴューを読む。かなりじっくりと読む。気に留まったホテルについては、別のサイトでレヴューを比較したりもする。しつこい。というか慎重である。 そうやって気に入った宿を込んだところで、今度はExpediaなどのサイトを通して値段をチェックする。ここでもまた2、3のサイトで比較する。しつこい。というか気長である。 そのレートが妥当でないと思われた場合などは、直接ホテルに電話をする。直接予約する方が高いのではないか、と普通は思うところだが、これが安くなったりすることがあるから驚く。 「ベストレートは?」とか、「おすすめのパッケージは?」とか「アップグレードはあるの?」とか、あれこれ電話で聞いているのを見て、即決型のわたしは呆れていたものである。 しかし今回の旅ではそんな自分を反省した。旅慣れているのはわたしの方、などという考えは傲りであった。「即決型」といえば聞こえはいいが、単に「面倒臭がり」ではなかったか、と思った。なにしろ夫のやり方で、少なくとも3箇所は、心に残る宿に泊まることができたのだから。しかも結構「お得なレート」で。 サンタフェの"Bishop's
Lodge"は、わたしと彼が共に見つけた宿だったが、モニュメントヴァレーの"Goulding's
Lodge"も、このセドナの"L'Auberge de
Sedona"も、おまけに言えばラスヴェガスの"Venetian"も、彼の尽力によって選ばれた宿である。もちろん他にだっていいところはたくさんあるだろうけれど、雰囲気やコストパフォーマンスを考慮するに、かなりいい線の宿に滞在することができたと思っている。 さて、グランドキャニオンを出て数時間。山あいの道を走り抜け、やがてセドナ周辺の象徴ともいうべき「赤い岩(Red
Rock)」があちこちで姿を見せはじめた。時折、木立の向こうにせせらぎが伺われ、その傍らにロッジが見え隠れし、日本の温泉地を彷彿とさせる光景に出くわす。 やがて、道の両脇に店舗が並ぶセドナの小さな町が現れた。その中心地から少し外れたところに、夫が予約していた"L'Auberge
de
Sedona"はあった。「オーベルジュ」の、その名のとおり、そこはレストランが自慢の宿である。宿そのものはどういう感じなのだろうか……と思いつつ、ゲートを抜ける。敷地内に入った瞬間からもう、すっかり気に入ってしまった。 周囲に赤い岩々を見渡す緑のなかに、そのロッジはあった。エントランスの周辺には、マリーゴールドやコスモス、バラの花が揺れ、鯉が泳ぐ池がある。離れにあるダイニングルームのそばには、鴨の泳ぐせせらぎがある。空気が澄み渡った、静かで平和な場所だ。 通された部屋もまた、品のよい家具調度品でまとめられ、くつろげる雰囲気。バルコニーからは赤い岩の景観が見渡せる。まだ日の高いうちに到着して本当によかった。今日はもう、ここでのんびりしようと決めて、荷物を開く。 「僕はレストランを予約したあと、散歩に行って、それからプールで泳ぐよ。ミホも行かない?」 夫は言うけれど、せっかく快適な部屋があるのだもの。今日はここでゆっくりと過ごしたい。窓際のデスクにコンピュータを広げ、持参のワインを開け、ナッツを小皿に盛る。居心地のいい場所で机に向かう瞬間は、このうえなく心が和む。アーモンドやカシューナッツを囓りながら、風景を見やりながら、キーボードを叩きながら、ワインもいっそう、おいしく感じられる。 数時間後、日暮れの間際に夫が戻ってきた。 「庭にうさぎがいたよ。それからタヌキも。眺めもきれいだった〜! ミホも来ればよかったのに!」 ホテルの敷地内をあちこち散策してきたらしい。町にも出てきたようだ。 さて、夕食は、ダイニングルームとテラスとがあったが、わたしたちは川のほとりのテラスで食事をすることにした。 すでにワインを飲んでいたので、スパークリングウォーターで乾杯し、フレンチオニオンスープやサラダ、チキンのグリルなどを味わう。久しぶりに落ち着いた心持ちでの夕食だ。こんな気持ちのよい場所に滞在できてよかった。 「もう1泊ここに泊まる?」 「そうしようか」 「そうしよう」 予備日として取っておいた1日を、このセドナで使うことにした。明日、ラスヴェガスのホテル予約を一日ずらし、このホテルに延泊の手続きをすることに決めた。
JUNE 22, 2005/ DAY
10
SEDONA (ARIZONA)
セドナ。赤い岩々を望む、せせらぎのほとりのオーベルジュにて
フラッグスタッフからルート89Aでセドナへ向かう。 おなじみバーンズ&ノーブルもインディアンなたたずまい。
セドナに近づくほどに、緑が濃くなっていく。 オーククリーク沿いの、のどかな山道を走る。
やがて赤い岩肌の巨岩が現れ始めた。 まもなく、セドナの町に到着するころ。
ロビーの随所に鹿の剥製……。 決して広くはないけれど、快適な居心地の部屋。
オーク・クリークのほとりのダイニング"Terrace
on the
Creek"でディナー。久しぶりにゆっくりとした気分での夕食でうれしい。フレンチオニオンスープがとてもおいしかった。