SCENE 32: 家族の待つニューデリーへ
DELHI, NOVEMBER 3, 2004

まだ夜が明けやらぬうちにホテルを出て、空港へ走る。眠たい。
こんな早い便に乗るのは、夫の家族と一緒にランチタイムを過ごすため。
夫は明日から早速、打ち合わせの予定が入っている。
だから今回は、実家に泊まらず、ホテルに滞在するのだ。

バンガロールからニューデリーまでは約2時間半の空路。
これは機内で出された朝食。
オムレツにスライスしたジャガイモの炒めもの、
それにチキンのハンバーグが添えられている。

今回は揺れもなく、安定性のある飛行だったので、しっかりと食事もできた。
意外に、おいしかった。


■空港に到着。快適な気候。ティージビールがお出迎え。

飛行機を降りると、軽く心地よい風が吹いていた。この空港に降り立つのはこれで4度目。今回が今までで一番、快適な気候だ。荷物を受け取り外に出ると、マルハン家のドライバー、カトちゃんことティージビールが大きく手を振っている。

彼の笑顔を見ると、なぜか不思議とほっとする。子供時代から彼と付き合いのある夫もまた、わたし以上にそう感じるのであろう、ニコニコと、リラックスした様子である。

マルハン家の門が開くと、義父ロメイシュが階下まで降りてきて、わたしたちを出迎えてくれた。2階へあがり、ドアをあけると、祖母ダディマが玄関先で待っていた。互いに抱擁を交わし合い、再会を喜びあう。

ロメイシュの妻ウマは、現在、前夫との間の娘が住むドバイに数カ月間滞在している。先日、彼女の娘が第二子を出産したので、手伝いに行っているのだ。従ってここしばらくのマルハン家は、ロメイシュとダディマが二人きりで、多分、静かだったのだろう、わたしたちの訪問が、ことのほかうれしそうである。

リビングルームのテレビ周辺の様子が少し変化していた。大小のスピーカーが数個、極めて「適当な感じ」で取り付けてある。ロメイシュ曰く「ホームシアター」らしい。

引き出しから大量のDVDを取り出す。インド映画に海外の映画とさまざまだ。どれも質の悪い印刷が施された薄っぺらい紙袋に入っている。海賊版である。さすがインドである。

「画質が悪いのもたまにあるけど、総じて、問題ないよ。よかったら好きなのを持って帰りなさい。どれも安いから」とロメイシュ。

 

■家族と過ごすひととき。書き取り練習とネックレス。

ランチタイムまでの数時間を、おしゃべりをしながら過ごす。テレビでは米国大統領選の選挙結果の速報が流れている。ブッシュが僅差でリードしている。

自分とは無縁の、遠い国の出来事のようである。

大雑把に言えば、インド経済にとってはブッシュが当選した方がいい。ケリーがアウトソ−シングに反対しているのも一つの理由だ。多分、日本経済にとっても、ブッシュの方がいいのだろう。

でも、個人的にはブッシュはいやだ。いやだが、ケリーもいやなのだ。究極の選択を迫られて困り果てた末に投票した米国市民は、これまで以上に多いのではなかろうか。

ところで、言語によるコミュニケーションがほとんど図れないわたしとダディマである。

わたしが超基本的な挨拶を、ヒンディー語でしたところ、ダディマはうれしそうではあるが、それ以上会話が続かないことに、少々、物足りないご様子である。でもね〜。難しいのよ会話となるとね〜。

そこで、ペンと紙を取り出して、「ミホ」とか「ダディマ」とかを書いてみせる。するとダディマはおもむろに眼鏡をかけ、急に真剣な表情になり、わたしの綴りをチェックする。そして間違いを発見しては、

「ここには点がない! ここに点をつけなさい」

「ロメイシュと書いてみなさい」

などと、次々に指摘・要求をしはじめ、たちまち教師然と態度が急変である。厳しいのである。ほめられたりはしないのである。びっくりさせられるのである。

次回、綴りに関しては、完璧な状況で応戦することが望まれよう。というか、もういい。書き取りは。早くランチにしよう。

食事が準備されている間、ロメイシュが包み紙を持ってきた。それをダディマに渡し、ダディマがわたしに、「これは家族からの贈り物だ」といって手渡してくれる。

包みをあけると、小さなケースの中に、ゴールドのネックレスが入っていた。少し長めの、普段、気軽につけられそうなデザインの、シンプルで美しいネックレスだ。

わたしが訪問するたびに、こうしてひとつずつ、マルハン家はジュエリーをプレゼントしてくれる。なにはともあれ、これはわたしにとって、インドの習慣の「好きな部分」である。

やっぱり、もうちょっと気合いをいれて、ヒンディー語を勉強するべきか。

さて、ロメイシュはビールの栓を開け、グラスに注ぎ、わたしたちに飲みなさい、飲みなさいと、しきりに勧めてくれる。よく冷えたおなじみキングフィッシャーで一同乾杯し、やがて準備が整ったテーブルに集う。

 

■久しぶりに、ケサールの手料理に舌鼓

マルハン家の料理人、ケサールのことについては、「インド彷徨(1)」にて紹介したかと思う。前回は彼が「里帰り」していたため、残念ながら彼の料理を食べることができなかった。しかしながら、今回は、ランチとはいえ気合いの入ったメニューを(おおまかな内容はロメイシュが指示したにせよ)、彼は用意してくれていた。

料理はまた、いずれも柔らかでやさしげな味で、どれもとても、おいしい。ビールの大瓶を2本開けたあと、さらには白ワインのボトルも開けて、飲みなさい、食べなさいともてなすロメイシュ。うれしそうである。

それにしても、ダディマはよくしゃべる。もう、何を言っているのかわからないのが幸い、というくらい、機関銃のごとき饒舌。彼女はいま、80代後半らしいが、80を過ぎて以降、常に自分は「80歳である」と自称しているらしい。

「80歳を過ぎてから、見た目もあまり変わらなくなったんだよ」とロメイシュ。確かに3年前に初めて会った時以来、少しも変わりがない。むしろ今のほうが元気そうだ。

食事中、携帯電話の派手な呼び出し音が鳴る。わたしのでも夫のでもない呼び出し音だ。

「ロメイシュ、あなたの電話じゃないの?」わたしが尋ねると、

「いや、ぼくのじゃないよ」とロメイシュ。

ぼくのだっけ? とポケットを探る夫。違う。そしてようやくロメイシュ、自分のポケットを探り、それが自分の携帯電話だったということに気づく。その様子を見ていたダディマ。厳しい口調で

「まったくもう! お前はロバみたいに間抜けなんだから!」

母親にいいくるめられっぱなしのロメイシュである。

さらにはデザートを食べる時。ロメイシュ、夫、親子揃って好物のグラブジャムンを、それぞれ一つずつ、器に入れる。そして食べる。二つ目に手をのばそうとするロメイシュに、またしてもダディマがひとこと。

「甘いものを食べ過ぎちゃだめ! 一つにしておきなさい!」

「半分だけ、いいでしょ?」とロメイシュ。

いつまでたっても親子は親子であるにもほどがあるというものだ。ロメイシュが言う。

「ミホ。うちはいつもこうなんだ。今はダディマしかいないけど、普段はウマとダディマが二人揃って、口やかましいんだよ。アルコールもグラスに2杯まで、って決められてしね。だから僕は、いつも大きめのグラスで飲むんだよ……。まあ、僕の健康を、心配してくれてのことなんだけどね」

道理で今日は、嬉々として、アルコールを景気よく開けていたわけだ。普段よりも規制が緩和されているからな。

と、残りの半分のグラブジャムンをも、こっそり食べようとしていたロメイシュの様子に、ダディマ、すかさず気づく! そして食べ過ぎだと息子を叱る! 

食後、夫はダディマにつかまり、約30分以上、彼女の独白的おしゃべりに付き合っていた。久しぶりのこととて、祖母孝行をと、彼も「忍」の一文字である。

ケサ−ルによるランチがテーブルに並べられた。

ピーマンの中にマサラ(スパイス)風味のジャガイモが詰められたもの

サヤインゲンを少し厚くしたような豆とトマトの炒めもの

黄色い豆の煮込み(ダル)

じっくりと煮込まれた、まろやかな味わいのチキンの煮込み(カレー)

グリーンピースとカッテージチーズの煮込み(カレー)

カレーやライスと一緒に食べる、自家製のヨーグルトたっぷり

インド的サラダ。甘味のあるトマトとキュウリ、タマネギのスライス

ロティ。食事の最中、焼き立てを1枚ずつ供してくれる。

みなが好きなデザート、グラブジャムン


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