SCENE 30: 記憶に刻まれたケララの味のいくつか
KUMARAKOM, KERALA, NOVEMBER 1, 2004

わたしたちが食べて、わたしたちが気に入った、ケララの味のいくつか。
ココナツミルクやココナツオイルの、風味が強すぎるものもあったけれど、
滋味豊かで味わい深い、おいしい料理もたくさんあった。

「とても気に入りました」と、
シェフに野菜の炒めものやダルの味わいを褒めたら、
「簡単に作れますよ」と、レシピを教えてくれた。
素材の味が違うから、同じ味を再現することはできないだろうけれど、
でも帰ったら、作ってみようと思う。


11月1日(月)

■禁酒の日。名残惜しきランチ。小さな湖を眺めながら。

そしてついには最後のランチタイム。ダイニングのテラスから、湖の、鳥たちの風景を眺めながら、いつものようにキングフィッシャービールをオーダーすると、ウエイターが

「本日は、アルコール類をお出しできません」とのこと。

ケララの州政府によって、毎月1日は「禁酒の日」に制定されているらしく、アルコールショップは閉店、飲食店もアルコールは出せないのだと言う。宗教的な理由かと思いきや、理由を聞いて驚いた。

ケララの男性はラムやブランデーなど強いアルコール類を多飲する人が多く、酒類の購入に散財する人が少なくないという。役人の間でもその傾向が問題になり、従って役人の給料日である毎月1日は、彼らがもらった給料を酒に使わず家に戻るようにとの「配慮」から、州をあげて定められた「法律」だという。

なんだかなあ。これがインドなんだなあ、ほんとうに。というわけで、ココナツウォーターを飲むことにする。

食事中、隣のテーブルに座っていた、ときどき顔を合わせていたドイツ人のカップルとおしゃべりをする。彼らはいつも、ヴェジタリアンのシンプルな料理を食べている。聞けば2週間の予定でアーユルヴェーダの治療を受けに来ているらしい。

二人はマレーシアとインドを旅する予定で1カ月の休暇を取ったらしい。インドではアーユルヴェーダの本格的な治療を受けようと、トラベルエージェンシーを通して確認してもらったら、チェンナイ(マドラス)のフィッシャーマンズコーブを勧められたらしい。

そこはわたしたちが前回訪れた海辺のリゾートで、しかしアーユルヴェーダの本拠地でもなんでもなく、スパは一般的なものだ。

しかし彼らは、そのトラベルエージェンシーの勧めを信じて、ドイツから、なんとフィッシャーマンズコーブに飛んだらしい。そして、ホテルに到着して、スパに行ってはじめて「これはおかしい」と気づいたらしい。でもって、1週間後にここに来たらしい。

インターネットで調べたり、ガイドブックなどをひも解けば、アーユルヴェーダの本拠地がここであることくらいすぐにわかるだろうに……。2週間も滞在するほどの気合いがありながら下調べをろくにしないなんて、珍しい人たちだねえと、あとで夫と首をかしげあう。

住む人も、訪れる人も、「独特の味」を持つ、インド。

 

■コチまでの2時間ドライブ

夜出発の、バンガロール行きの便にのるべく、午後遅くリゾートを出る。空港があるのはケララ州の州都であるコチ。約2時間のドライブだ。行きは半分、眠っていたけれど、帰りはしっかりと起きて、風景を眺めておこうと思う。

最初の約1時間は、川を越え、田園地帯をくぐりぬけ、ときに賑やかな集落を通過しながらの、狭くて凹凸の激しい道。やがてハイウエイに出てからは、比較的滑らかに車は走る。

ハイウェイ沿いにはいくつかのリゾートホテルやショッピングモールが建設中で、真新しい自動車のショールームが幾つも立っていた。

コチの空港は、今まで訪れたインドのどの空港よりも清潔ですっきりとしており、それがとても不思議である。


畑で草を食む牛の姿をしばしば見かけた。

黒と白のチェックの制服と白いリボンがかわいらしい女学生

このあたりの文字はくねくねまるまるしていて、まったく読めない

空港にあったエアインディアの日本観光告知ポスター。これを見て、日本に行きたいと思う人があるだろうか。なんとかしてほしい。

妙にすっきりとしたコチ空港の待合室。イスもがっしりしている。背もたれのカバーも清潔。不思議。

空港のティースタンドで、小さな紙コップ入りのチャイを買う。すごく甘いのが難だが、人が飲んでいるとおいしそうに見えてつい買う。1杯10ルピー。20円くらい


■バンガロールまでの長い空の旅。

ムンバイからコチまでは、飛行機で1時間強だった。

地図を見てみる。コチからバンガロールまではその距離の3分の1程度だ。なのになぜ1時間もかかるのだ? 

その謎は、滑走路に停まっている飛行機を見てわかった。それは小型のプロペラ機だった。

狭苦しい通路をすりぬけて、席に座る。すでに機内にうっすらと漂うスパイシーな匂い。インドの飛行機では、たとえそれが45分の飛行時間であっても、少なくともスナック、時間によってはしっかりとした食事を提供する。

飛行機が動き始め、離陸した瞬間から、機体は微震動を始めた。プロペラ機だから仕方ないな。と思いつつ窓の外を見て目を見張る。わたしたちのシートの真横で、巨大なプロペラが轟々と回っているのだ! 反対側の窓を見ても、当たり前だがやはりプロペラが! 

それはまるで迫り来る「回転ノコギリ」。ぎょっとすることこのうえない。うっすら血の気が引く思いだ。震動は継続し、だんだん気分が悪くなる。気を紛らわそうと新聞を開く。と、イラクで誘拐されていた日本人青年が首を切断されて殺害されたとの記事。なんということか。

あまりにも痛ましい状況に思いが巡り、よりいっそう、血圧が下がっていく。かなり具合が悪くなってきた。モンゴルでの、ゴビ砂漠からウランバートルまでの空の旅を思い出す。あれはモンゴルが、ロシアから中古を買ったオンボロ飛行機(イリューシン)だった。

シートベルトもなく、パタンパタンと折り畳まれてしまう、そんな座席。飛んでいる最中、常時強く震動し、気持ち悪いことこのうえなかった。正体不明になっていた。あの史上最悪の飛行機の旅に比べば、まだましだ。大丈夫だ。と自分に言い聞かせる。

ようやく水平飛行に入り、震動が和らいで、気分が持ち直したかと思いきや! 早速のフードサービスである。しかも、夕食時とあってフルミール。スチュワーデスが前方から、

「ヴェジタリアン? ノンヴェジタリアン?」

と乗客に尋ねながら、トレーを渡している。ああ。機内に濃厚なスパイスの匂いが! 気持ち悪さ復活! 

さっきまで、わたしと一緒に気分悪がっていたはずの夫。当然、食べないだろうと思っていたのに、

「ノンヴェジタリアン・プリーズ」

と料理を受け取る。裏切り者! 夫が器のアルミホイルをはずすなり、うわ! 真横からヘビーな匂いが襲撃。勘弁してよもう(でもそのチキンカレー、おいしそうね)。ハンカチで鼻を覆うも無駄な抵抗だ。ああもう、わたしに澄みきった爽やかな空気を吸わせて!!

久々に、辛くて苦い、空の旅だった。


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