SCENE 09:
ムンバイの、賑やかなカルチャー
MUMBAI (BOMBAY),
OCTOBER 27, 2004
エンターテインメントの情報誌「TIME
OUT」。
ロンドン発の週刊誌で、旅行や映画、パフォーマンス、アートなど、さまざまな情報が網羅されている。ニューヨーク時代はこの情報誌にずいぶんとお世話になった。その「TIME
OUT」のムンバイ版が、つい先頃創刊された模様。
この紙面の中に広がる世界と、実際に町中で目にする世界との像がどうしても結びつかない。
■夫の元同僚夫婦とホテルのタイ料理店でディナー
夫がニューヨークのマッケンジーというコンサルティング会社で働いていたころの同僚サンディープとその妻アンジャリと共に、ホテルのタイ料理店で夕食。初日に訪れた店である。
二人ともムンバイ生まれのムンバイ育ちだが、米国の大学、大学院を出て、ともにニューヨークのマッケンジーで4年間、働いていた。そして4年前、ムンバイに戻って来たという。
サンディープは米系のヴェンチャーキャピタル会社に勤めており、アンジャリはヘッドハンターとしてヘッドハンティング会社に勤めている。こちらに戻って2人の子供を産み、仕事に復帰したばかりの様子。
二人ともニューヨークに住んでいたこともあって、共通の話題も多く、仕事や生活全般において、わたしたちと近い価値観を持っていたので話をしやすかったし、とても楽しかった。
米国で教育を受けたエリートたちの仕事を斡旋しているサンディープは、ムンバイ、いやインド全体における、ビジネス界の狭さを指摘する。
「インドはこんなに人口が多いけれど、政界やビジネス界は狭くて、噂がすぐに行き渡るから恐いくらいよ。秘密なんて絶対に通用しないし。たとえば誰かにビジネスの秘密事項を漏らしたりしたら、次の日にはみんなに知れ渡ってるって感じ」
そもそもムンバイでは、タージ・マハル・ホテルや、このタージ・プレジデント、そしてオベロイ・ホテル、シェラトンなどがいわば「社交場」で、たいていみな、これらのホテルのレストランやラウンジで打ち合わせをするらしい。
この日も、タイ料理店でサンディープはビジネスの仲間と、スタンフォード時代のクラスメイトに遭遇するなど、その言葉を裏付けていた。
サンディープと夫が仕事の話をしている間、わたしとアンジャリはムンバイの生活や仕事のことなどを話す。また、彼女から「ショッピングをするなら」とお勧めの店のリストなども教えてもらう。
彼女はムンバイの地理を説明する時、マンハッタンの地理に例える。わたしもマンハッタンとムンバイの地形はちょっと似ているな、と思っていたので、やはりみな、考えることは同じなんだと納得する。
このホテルの場所は、マンハッタンで言うならばダウンタウン。ウォールストリートに近いエリアだ。そして彼らが住んでいるのはアッパーイーストサイド。昨日のフローラの泉あたりはミッドタウンで、ヴィクトリア駅はさしずめグランドセントラル駅といったところか。
生まれ故郷だけあり、ニューヨークに比べるとムンバイは彼女にとって暮らしやすいようだが、しかし、大都市在住故のストレスも多そうだ。夫の長期出張が多いため、それが心細かったりもするという。
「子供達よりもわたしの方が、夫を恋しがっているの」と素直に口にするところが、とてもかわいらしい。そういう彼女も、シンガポールや欧州へ年に数回、出張に行っているらしいのだが。
実は明朝、といっても午前4時の便で、サンディープはロサンゼルスに2週間の出張なのだと言う。あと7時間後に海外出張というのに、なんという余裕。
「出張は、昨日、急に決まったんだよ。実はまだ荷造りもしてなくて。でも、いざというときは、パスポートさえあればいいからね。Eチケットだし。衣類とかそんなものは、向こうでも買えるでしょ?」
そう言いながら、ズボンの後ろのポケットから濃紺のパスポートをひょいと取り出す。アメリカのパスポートだ。
「市民権を持ってるの?」
「そう。僕だけね。彼女は持ってないけど。知っての通り、インドのパスポートじゃ、どの国に行くにもビザの取得が必要でしょ? その点、米国のパスポートはどこへでも行けるからね。急な出張にも問題ないんだよ」
「サンディープはアメリカ人なんだ……。ってことは、大統領選挙の投票もっできるんだね」
そこから大統領選の話題になる。次期大統領候補の公開討論の様子を話しながら、一同笑いが止まらず。しかし、こんなに「笑いどころ」「突っ込みどころ」が満載の大統領による討論とは、いったい何なのだろうか。
最近になり、インドで多く輸入されるようになったと言うチリ産の赤ワインを飲み、夫はまたしても「ぼくはエビがいい!」と、よほどムンバイのエビ料理が気に入った様子。
エビ料理ほか、数種類のアントレと、ヴェジタリアンのアンジャリのために野菜と豆腐のヌードルなど味わった。どれも先日同様おいしくて、会話も弾み、とてもいい夜だった。
食後、彼らに別れを告げたあと、
「僕だったら、出張の直前に、誰かと会食に出かけるなんて、考えられないなあ」と、夫は感心している。
見たところ、少しも肩に力が入っているふうではない、淡々とした雰囲気の二人は、しかし同時に力強いパワーを秘めているようにも思えた。
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