ガラスの国、妖精のダンス。


 

森と湖の国、スウェーデン。ある夏、スウェーデンの南部をドライブ旅行したことがあった。この季節、北欧では夜10時を過ぎてようやく日が暮れ始め、早朝2時頃には、すでに空が白み始める。

極寒の冬の間、息を潜めるように家の中に籠もって暮らしていた人々は、夏になると日がな外に出て、はかない季節を惜しむかのように大自然の中に身をゆだねる。

湖の中へ嬌声をあげながら飛び込み戯れる子供たち。トップレスで緑の丘の上に寝ころび、全身で太陽の光を受け止める若者たち。木立の中に分け入り、籠いっぱいにブルーベリーを摘む老夫婦……。

途中、何台ものキャンピングカーとすれ違った。カヌーにキャンプ道具を積み込んで、湖へ繰り出す家族やカップルも見かけた。皆が穏やかな笑顔をたたえ、居心地よさそうに自然の懐に抱かれている。

緩やかなカーブとアップダウンを繰り返すドライブルートは、ひたすらに青空。時折パッと視界が開け、穀倉地帯や草原が延々と広がる。沿道には、淡いピンクや黄色の花を付けた背の高い草花が、柔らかい風にゆらりゆらりと揺れている。

ヌッと沿道に立ち、じっとこちらを見ている大きな大きなヘラジカ。サッと目の前を横切る子ギツネ。ピョンピョンと森の中に消えていく野ウサギ。そんな動物たちに出会うたび、「あっ」と声を上げ、心動かされる私たち。

ドライブの途中、ガラス王国と呼ばれる地域に立ち寄った。カルマル、ベクショーという二つの町に挟まれた一帯だ。この辺りには、有名なコスタ・ボーダをはじめ、数々のガラス工場が点在している。

工場というと、灰色の公害をイメージしがちだが、このガラス王国のそれは違っていた。豊かな緑と湖に、そっと包まれるように、工場がぽつん、ぽつんと点在しているのだ。私たちは車を走らせながら、いくつかの工場を訪ねてみた。

作業工程を見学できるところもあれば、ガラスの絵付けを体験できるところもある。もちろん、ガラス製品を購入することもできる。ガラス製品と一言で言うにははばかられるほどの、その種類の豊かさ。色、形、デザイン、どれをとっても個性的で、それぞれの美しさをたたえた芸術品ばかりだ。

大きな工場もさることながら、森を走る途中、たびたび出くわした小さなガラス工房は、私たちをさらにひきつけた。工房には必ず広い窓があり、光あふれる場所にアーティストたちの作品が並べられている。その色合いのなんとも美しいこと。

淡いもの、濃いもの、虹のようにあいまいなもの……。北欧の夏のやさしい光を受け止めて、まるで呼吸するかのように、ゆらゆらとその光を揺らしている。

その日、私たちはベクショーの観光案内所で勧められた「ヒットシルの夕べ」に参加することにした。この辺りのガラス工場では、一日の仕事を終えたあと、炉(hytt)の余熱でニシン(sill)を焼いて食べるという伝統があるのだとか。このユニークな習慣を旅行者も体験できるというのだ。

まるで体育館のように広い工場の一画にダイニングテーブルがずらりと並べられ、50人ほどの旅行者が顔を合わせる。火の残った炉では、ニシンやソーセージ、ジャガイモが焼かれ、素朴なパンと一緒に供される。

楽団が軽快なメロディーを奏で、世界各地から集まった旅行者たちが自己紹介に始まり、会話に花を咲かせる。食事を終えた後、吹きガラスの体験もさせてくれた。長い鉄の筒をフッと吹くと、先端のガラスは一瞬風船のように膨らんだものの、次の瞬間にはぐにゃりとつぶれてしまった。

食べて、しゃべって、騒いだ後、私たちはまだ暮れやらぬ空の下、黄金色の光の中を、今夜の宿を目指して走る。

丘を越えカーブを曲がり、視界が開けた瞬間、私たちは息をのんだ。一面に広がる麦畑の上に、霧がふんわりと、まるでベールをかけたように漂っているのだ。現のこととは思えない、夢のような光景。

憑かれたようにエンジンを切り、車を降りる。たちまちの静寂。見上げれば薄紫色の空、そして幻影のような満月! それは、私がそれまでに、いや、それ以降も見たことがない満月だった。朧月の周囲に、七色の虹のような光が幾重にも重なっているのだ。それはまるで、大きな貴石のようでもあった。

ふと、昼間のガラス工房が思い出された。あのガラスの色は、きっとこの地方の自然の色彩なんだ、この場所そのものが、アーティストたちの感性をかき立てているに違いないと。

胸を高鳴らせたまま宿に戻った私たちは、宿のおばさんに興奮しながら、さっきの光景を報告した。おばさんは微笑みながら言った。

「ああ、あの霧を見たのかい? この地方ではあの霧のことを、妖精たちが降りてきて、ダンスをしている、って言うんだよ」。(M) 


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