December 12, 2003 Congratulations!

ついに学校最後の日。今日は卒業式だった。家族らと式に臨む生徒も少なくなかった。ゴマちゃんも来た。
韓国出身のクラスメイト、サニーが生徒代表の一人として
スピーチをした。
あまりにも、すばらしく、目頭が熱くなった。プロフェッサー・
ミッキーには本当にお世話になった。
ひとり一人が
卒業証書を受け取る。わたしも無事に、課程を終えた。

始める前は、4カ月、毎日フルタイムで通うなんて、どうなることだろうと思っていたけれど、
確かに大変だったけれど、それがささやかな成長だったとしても、やりとげられたことがうれしい。
何よりも、尊敬すべき、すばらしい友人らに出会えたことがよかった。
ひとり一人の略歴を、個性を、インタビューして綴りたくなるほど、魅力的な人たちに恵まれた。
もう、
こんな風にカフェでおしゃべりすることもないのかと思うと、ちょっと寂しい。

 

 December 11, 2003 May he rest in peace.

もはや忘れ去られたかのような、去年の出来事。しかし、米国史上最悪とされていた、ワールド・コムの倒産。
騒動直前に駆り出され、責任を覆い被される格好となっていた彼。IT業界の先駆者の一人でもあった。
名誉、地位、知性、お金、家庭……。さまざまを手中にしながら、とてつもない濁流に巻き込まれた人。
彼は夫の勤める会社のパートナーでもあったので、ここ数年、クリスマスパーティーで見かけていた。
去年の冬は、その前の年よりも、太っていて、むくんでいて、くすんだ表情をしていた。
大きなツリーの横に立つ、その後ろ姿が、肩のあたりが、疲弊を訴えていた。

その彼が、今日、この世を去った。John Sidgmore氏。52歳。
この日曜日、例年通り行われる予定だった、盛大なクリスマスパーティーはキャンセルされ、
彼の葬儀が執り行われる。命のことについて、今日もまた、考える。

 

 December 10, 2003 ぬくぬくと、

毛皮を着ている、真冬の新芽。

 

 December 9, 2003 迷える子羊

今朝の空は。中世の、フランドルの、冬。

アントワープの、曇天突き刺したる時計台の、黄金色の針よ。
ルーベンスの、体内へと深く重き音を流し込むが如くの、絵らよ。

あるいは、メーテルリンク歩きしゲントの、沈鬱な、空よ。
河畔にそびえる、やはり時計台の、その時計台の、幾星霜、刻みしか!

我も、彼も、ゆけども、ゆけども、ゆけども、Stray sheep.

 

 December 8, 2003 迷う道の途中で

今日は、雪の中を郊外へドライブ。

まもなく終わる学校。郊外に別宅を持つ先生に招かれて、生徒たちが集った午後。

夏に始まった学校は、秋を経て、冬を迎えて、もうじき終わる。

そして、来週の今ごろは、インドの空の下。


なんとなく、12月8日のドキュメント

 

 December 7, 2003 この季節には

どうにもマンハッタンが恋しくなる、この寒い12月に。
街全体が、きらきらきらきらきらきらきらきらと、光をこぼしながら、
世の中を取り巻くさまざまを、ひとまずは、ありとあらゆる理屈をさておき、ただ、ひたすらに、
人工的な光が美しい、あの街が、もっとも、魅惑的な、このひとときを。

夜の街を、足早に、白い息を吐きつつ、冷たい耳と、冷たい頬で、光の渦の中を、
髪をなびかせ、コートの裾を翻し、一人で。一人で歩く
高揚する、高揚する、この、小さな、一つの心臓!

あの街を見られない今年は、アパートメントのデコレーションでも眺めつつ、それなりの、温もりの中。

 

 December 6, 2003 雪の朝。

ジャックを眠らせ、ジャックの屋根に雪ふりつむ。
ジルを眠らせ、ジルの屋根に雪ふりつむ。

目覚めたら、雪だった。
パジャマの上に、コートを羽織り、寝癖のついた髪の毛のままで、玄関のドアを開ける。
誰もいないのを確認して、小走りで、屋上へ。
やった! 
一番乗りだ! 真っ白いところに、一番はじめの足跡をつける。

大聖堂も、記念塔も、今日は静かに、雪の中。

 

 December 5, 2003 外国人が、米国で起業する方法

そしてついに最後のプレゼン。私に与えられたテーマはアントレプレナーシップ。起業についてを語る。
最初は基本に沿って、何らかの記事をもとにプレゼンをするつもりだったが、
結局
自分のことをケーススタディとして語りつつ、米国での起業の方法を説明することにした。
想像以上に、次々にアイデアが浮かび、20分程度にまとめるため、削ることが残念なほどだった。
自分の経験に基づいていることだから、もう、何の資料がなくても、語り続けられる。
1時間、いやそれ以上でも、語れると思うくらい、自分でも「ノリノリ」だった。
もっと具体的な事例を、さまざまに説明したかった。だからある意味、不完全燃焼でもあった。
クラスメイトたちは積極的に聞いてくれて、質問も多く、説明していてとても充足感を覚えた。
褒め上手な先生からは、起業志望者を対象にセミナーをしてはどうか、とさえ言われ、天狗になりかけた。
この3日間で、自分でも気づくほど、成長した。たいへんだったけど、とても楽しい経験だった。

 

 December 4, 2003 アジアの頭脳流出

今日はちょっと手抜きで、昨日のプレゼンテーションと近い内容。

でもでも、テーマは「インド」ではなく、「アジア」のブレインドレイン&ブレインサーキュレーション。
3割は昨日と似たデータを使ったけれど、残りはちゃんと新規で作り上げた。
シリコン・バレーの写真を入れたり、目先を変えて、を用いてみたり。
地図も自分用に加工したりして、だからいちいち、時間がかかる。

昨日は少し緊張したけれど、今日は緊張することなく、説明できた。
大勢の前で、英語で話すことが、少しも億劫でなくなってきた。

 

 December 3, 2003 インド経済のこれから

8月末から通い始めた学校も、まもなく終わる。偶然、3つのクラスのプレゼンテーションが一度に集中。
あらかじめ、少しばかり準備を始めてはいたものの、今週はもう、たいへんな事態だ。
初日の今日は「インド経済のこれから」。
最近、米国メディアはインド経済について次々にとりあげ始め、いいタイミングで、多彩な記事を得られた。
使ったことのなかった「パワーポイント」というプレゼンテーション用のソフトウエアを使い、
インドの教育機関米国のインド市場への動き、ブレインドレイン(頭脳流出)からブレインサーキュレーション(頭脳循環)へ推移している事態、そして私的見解が少々入った、将来への展望、などを、まとめる。
4カ月前には到底できなかったことが、今、できる。自分が成長しているのがわかる。たいへんだけど楽しい。
クラスメイトの大半は今日が最後のプレゼンだったから、みんなで
ランチに出かけた。わたしはまだまだ。

 

 December 2, 2003 クリスマス支度

12月になりましたので、
今年もまた、もみの木やさんがやってきました。

街角の、そこここの、広場で。空き地で。
クリスマスツリーのためのもみの木が、売られ始めています。

いよいよ、今年も、終わろうとしています。

 

 December 1, 2003 見上げたら、

まるで、海のような、空だった。

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