■朝早く起きて、川歩きに出かける
予定通り6時に目覚ましをセットしたわたしたちは、気合いをいれて起床。7時にはシャトルに乗り、7時45分頃、リバーサイド・ウォークのトレイル拠点であるテンプル・オブ・シナワハに到着。
しばらくは、車椅子でも通行できる、整備されたヴァージン・リバー沿いの遊歩道を歩く。30分ほど歩いた先で、遊歩道は終わり、そこから先は河原に下りて、いよいよ「ザ・ナローズ」を川歩きである。ちなみにナローズのnarrowsとは、海峡とか、狭い場所を意味する。
「ザ・ナローズ」は人気のオフ・トレイルだと聞いていたが、早朝のせいか、わたしたち以外誰もいない。自由に使用できる杖が河原にたくさん積まれていたので、杖は借りる必要がなかったかも……、と思いつつ、靴紐を締め直し、いざ、川へ。
こんなことならナイロン製のジョギングシューズを持ってくるべきだったが、あいにく革製のウォーキングシューズしか持ってきていなかった。
まあ、新品だというわけでもないので、思い切ってザブザブと水に入る。水は摂氏20度程度らしいが、かなり冷たく感じる。川底には大小の石、岩がごろごろとしていて、かなり歩きづらい。
たまに流れが急なところもあるので、川面の様子を眺めながら、できるだけ浅くて流れが緩やかなところを選んで歩く必要がある。基本的には蛇行している内側が浅くて流れも遅いはずだが、たまにそうではない場合もあるので、杖をさして深さを確認しつつ歩く。
浅瀬を見つけては休憩し、時折あたりの風景を確認しながら、歩く。昨日は「高所恐怖症」と書いたが、平たく言えば、「運動神経が鈍い」A男は、やはり進みがスロー。
彼があとからやって来るの待ちつつ、のんびりと行く。
途中、彼に近づいたら、お腹から下がびしょぬれである。そんな深いところはなかったはずなのに、どうしたの? と尋ねたら
「転んだ」
とのこと。ズボンやTシャツを軽く絞り、「そのうち乾くね」といいつつ、再び歩く。
岩山がどんどん迫ってくるため、太陽光が入らず、辺りは薄暗い。それにしても、こういうところを無心に歩いていくというのは、なんとも気分のいいものだ。
わたしがこれまで生きたきた時間は、この川が何千万年もかけて浸食してきた岩山の、ほんの1センチ程度にも満たないのだと思うと、地球の歴史の長さと自分に与えられた時間の短さを思う。
こんなにちっぽけな存在だけれど、しかしそのちっぽけな中に、なんとさまざまが凝縮された人間という存在だろうか。
人々はそれぞれに、みっしり、ぎっしりと、例えようもない高密度の存在感だ。
そんなことを思いながら、ひたすら歩く。
再びA男が近づいてくるのを待っていたら、あれ、またお腹から下がびしょぬれである。
「また転んだ」
とのこと。もう、Tシャツやズボンを絞るのを手伝うこともなく、そのまま歩く。また転ぶかもしれんしね。
途中、視界が開け、朝日が射し込む美しいスポットに到着した。そこには鮮やかな緑の葉をつけた木々が生え、なんともいえぬ、穏やかな空間を形成している。そして見上げれば、胸刺す青空。
なんだか夢を見ているような景色だ。
この光の場所から、更にしばらく上流を目指し歩く。すると、上流側から2人の青年が歩いてきた。杖をついてはいるものの、あまりにも自然に、すたすたと歩く姿に、A男、いたく感銘を受ける。
「アメリカ人って、アクティブだよね〜。あんな岩がゴツゴツしたところを、すいすい歩くなんて」
確かに。まるで平地を歩くスピードで、じゃぶじゃぶと歩いていくのだ。大したもんだ。しかしA男、これはアメリカ人云々の問題ではないような気がするのだが、どうだろう。
とはいえ、急いで歩く理由もない。1時までにホテルに集合の約束をしているから、それに間に合うよう引き返せばいいのだ。
適当な頃合いでランチを広げ、軽く食べる。その後、来た道を引き返す。
ついつい先を進んでしまうわたしだが、途中、(A男は大丈夫だろうか……)と振り返った瞬間、うわっ! また転んだ!
3度目はかなり派手に転んで、胸のあたりまで水びたし。かける言葉もない。バックパックもぬれてしまった様子。まあ、怪我がなくてなによりだ。
引き返す段になって、次々に観光客がやって来た。びっくりするほど軽装の人たちにもすれ違う。半ズボンではなく、長ズボンのまま、びしょびしょになりながら歩く人、ハンドバックを肩に掛け、杖もなくじわじわと歩く人……。
小さな子供を二人、両腕に抱えて歩いているお父さんもいる。危ないいことしきり。そういや、昨日は赤ちゃんを背負ってエンジェルズ・ランディングに這い上っている若い父親もいたな。
万一バランスを崩したらどうするんだろうと、他人事ながら怖い。
スニーカーを履いていても、途中、岩と岩の間に足を挟まれたり、岩面の苔で滑りそうになったことも何度かあり、そのたび、杖でバランスを取り、危うく転ばずに済んだのだ。
わたしも一歩間違えば転んでいた可能性はある。急流な場所は川底もよく見えないし。しかし、気にしない人は気にしないのね。
なんだかんだで、ようやく引き返してきたところで、日本人のカップルが杖もなく、キャーキャーと言いながら歩いていた。女性の足許をみると、街歩き用のサンダルである。足をくじかなければいいけれど。
ちなみに河原に用意されていた無料の杖は、すでに全部なくなっていた。
約4時間のトレッキングを終え、爽快な気分でホテルへ戻る。ホテルは朝のうちにチェックアウトをしていたので、車内にて着替え、スジャータたちが戻ってくるのを待つ。
バックパックの荷物をチェックしていたA男、携帯電話が水浸しで壊れているのを発見! 携帯電話なんて、圏外で使えないと言うのに、持っていってたのね〜。
「干したら直るかも。この間、ラップトップに水をこぼしたときもさかさまにして干したら直ったからさ〜」とか言いつつ、バッテリーをはずし、車のダッシュボードに携帯を置くA男。本気か?
モニターが水蒸気で白くなっているさまが痛々しい。
■昼過ぎにザイオンを出発し、キャピトル・リーフ国立公園へ
「インド時間」なスジャータたちは、約束の時間より1時間遅れでホテルに到着。A男が3度も転んで携帯電話を壊した話をすると、スジャータがぽつりとひとこと。
"Impossible" (あり得ない)
さて、2時過ぎになって、ようやく次の目的地に出発だ。ここから約4、5時間のドライブである。
キャピトル・リーフ国立公園に行くには、途中でブライス・キャニオン国立公園を通過する。ブライス・キャニオンには帰りに立ち寄る予定なので、今日はこれから、ひたすら、ドライブのみだ。
このドライブルートでの光景もまた、気分のいいものだった。茫漠とした中にも、表情の異なる個性的な風景が散らばっている。運転を交代しながら、昼寝しながら、ひたすら車に揺られる。
随所に「展望所」があるので、何度か車をとめ、外に出ては、身体を伸ばす。
長時間ドライブは、決して疲れないわけではないけれど、それでも町中を走るよりはずっと楽。昔、自分が乗り物酔いが激しかったことが信じられないくらいだ。
さて、目的地であるキャピトル・リーフの拠点となる町、トーリーに到着したのは午後7時頃。とはいえ、日没は午後10時近くだから、まだ日は高い。
宿は夕べのうちに、やはりベスト・ウエスタン系のロッジを予約していた。ロッジは町はずれの荒野にぽつんと立っていた。宿泊料は、なんと50ドルという超安値だが、かなり快適。
あたりは、視界を遮るものがなにもない、まさに荒野である。ザイオンとは違って圧迫感がない、荒涼とした風景。だだっぴろい空は、モンゴルのゴビ砂漠を思い出させる。
チェックインをし、一息ついた後、以前、ラグバンとスジャータが来たときに行ったというレストランへ。今日はスジャータの誕生日だから、お祝いを兼ねてのディナーである。
ところで旅を始めてからというもの、ラグバンとスジャータはやたらと「牛肉」を食べる。ランチにはハンバーガー、ディナーにはステーキといった具合に。
無論、わたし&A男と同様、異なる2皿をオーダーし、半分ずつにしているが、必ず牛肉が入る。
ヒンズー教徒は一般に牛肉を食べないインドでは、牛肉が食べられる場所もごくわずかで味もよくない。だから、アメリカ滞在中には「できるだけおいしい牛肉を食べたい」のだという。
それにしても、二人は痩せているのに、よく食べること。インドでは主に野菜ばかりを食べているのだというが、そんなにたくさん肉を食べて、胃袋が拒絶反応を起こすんじゃないかと心配なくらいだ。
無論、おデブなわたしとA男の方が、食べる量は少ない。食後も彼らは必ずデザートをオーダーするが、わたしたちは食べないもの。以前、イエローストーンに行ったときも、やはり彼らはよく食べていた。しかし、細いのよねえ。合点がいかぬ。
さて、この店の料理がまた、砂漠のまん中のレストランにしては妙に凝っていて、盛りつけが「国立公園の景観」を彷彿とさせるオリジナリティーあふれるもので、かなり仰々しい。
しかし、想像以上においしくてうれしい。とはいえ、ともかく量が多い。わたしはチキンをオーダーしたが、大きな二切れと野菜やマッシュドポテトがたっぷり。フライされたバナナスライスのオブジェがくっついてたりなんかして、ともかく迫力満点だ。
A男のオーダーしたスペアリブもまた、ユニークな盛りつけでもって、ボリューム満点満点。
「お互い、量が多すぎるから、残した方がいいね」
と言いつつ、わたしは半量を食べたところでギブアップ。A男はひたすら食べて、わたしの「食べ過ぎじゃない?」という声を無視して、ほとんど残さず食べ尽くす。
スジャータ、ラグバン、ロメイシュもすべて平らげた。
インド人の底力。
さらにはスジャータの誕生日だからとデザートを2種、オーダーしたが、大皿に盛られて出てきたのは、アイスクリームもセットになったなんだかわけわからないごてごてしたチョコレートケーキとフルーツタルトの盛り合わせ。
わたしはデブよりも胃痛を恐れて少し味見をした程度だが、やはりインド組できれいに平らげた。胃袋も、ヨガで鍛えられているのか?
食後、外に出ると、寒い! ガタガタと震えるほど寒いのだ。この季節は暑いと聞いていたが、ここ数日は例年になく涼しく、夜はぐっと冷え込むらしい。
夜空を見上げて息を飲む。
星が、無数の星が、本当に、降ってきそうなほどにきらめいていて、怖いくらいに美しいのだ。
本当に、怖いくらいに。
この星空を、日本の家族にも見せたいと思った。