坂田マルハン美穂のDC&NYライフ・エッセイ
Vol. 86 12/5/2002
目ざめたら、窓の外には雪が降り積もっていました。この冬初めての雪です。瞬く間にサンクスギビングホリデーの四連休が過ぎ、12月に入りました。この時期になると、クリスマスのイルミネーションが美しいマンハッタンが恋しくなります。 マンハッタンの冬は厳しい一方で、歩いているだけでもワクワクとしてきますからね。それに引きかえ、ワシントンDCの我が家界隈。ちらほらとイルミネーションが施されているけれど、なにしろ建物がマンハッタンのように密集しているわけではないのでもの足りない……。 とはいえ、近所の空き地には、クリスマスツリー(生の木)を売る露店がいくつか出ています。どれもこれも、わたしの身長よりはるかに高く、枝振りもよくて大きい大きい。その木の大きさに、アメリカの住宅の広さを思い知らされます。CVSなどのドラッグストアーにも、ツリー用のさまざまな種類の電飾やデコレーションがズラリと並んでいて、手軽にクリスマスの装飾を購入できます。 さて、今日は、食べ物の話題に終始してしまいました。本当は、連休中に見た映画のこと(「ボウリング・フォー・コロンバイン」Bowling For Columbine: 銃社会アメリカを斬るドキュメンタリーフィルム)についても書きたかったのですが、また別の機会にします。
●穏やかに過ぎていったサンクスギビングホリデー。 例年ならば、アッパーイーストサイドのA男の親戚宅でインド式のサンクスギビングディナーを楽しんでいるところだが、今年のサンクスギビングホリデーの四連休は、遠出をすることもなく、静かに過ぎていった。 連休初日のサンクスギビングデーには、友人たち数名で集まることになっていたので、ケーキ作りの得意なK子さんとわたしは前日のうちに食料の買い出しに行く。いつも利用している近所のオーガニックフードを扱うスーパーマーケット、フレッシュ・フィールズ(FRESH FIELDS)へ。 フレッシュ・フィールズは、主にオーガニックの生鮮食料品を扱っているが、そうでないものもある。それらの「身元」を一目で見分けられるサインがついており、また、それぞれの野菜や果物の説明文(栄養成分表)なども丁寧に記されているので、健康を意識する人にはなかなか便利である。 また、加工食品にしても、人工着色料や人工添加物の入った食品は一切置かれておらず、商品のパッケージもアースカラーを採用したものが多い。そのためマーケット全体の色調にけばけばしさがなく、雰囲気が落ち着いている。 たまにセーフウェイ(SAFEWAY)やジャイアント(GIANT)といった一般的アメリカンなスーパーマーケットに出かけると、どぎつい着色料のお菓子やドリンク、山積みの炭酸飲料水、砂糖たっぷりのドーナッツや焼き菓子などが目に飛び込んできて、「これでこそ、アメリカ!」との思いを新たにさせられる。 さて、わたしたちは、明日のために入荷され、精肉コーナーを埋め尽くしている丸ごとのターキーを横目に、牛肉のショーケースをのぞき込む。参加者にターキー好きの人がいない(だろう)ということで、オリジナルのサンクスギビングディナーを作ることにしたのだ。 そこで主役に抜擢されたのが骨付きのプライム・リブ。牛のあばら肉だ。脂ののった、柔らかそうなプライム・リブの塊をどっしりと購入する。 できるだけ手が掛からないシンプルな料理にしようということで、野菜類もオーブンでグリルする目的で選ぶ。タマネギ、ニンジン、ヤムイモ(日本のサツマイモ風だが中身は鮮やかなオレンジで少々水っぽい)、フェンネル(ういきょう)などをカートに入れる。マッシュドポテト用には、こくがあっておいしいユーコンポテトを選んだ。 その他、K子さんがアップルタルトを作ってくれるというのでリンゴを数個。日本が原産の甘酸っぱくておいしいFUJIを数個買う。また、この季節に欠かせないホットサイダー用のリンゴジュースも大きめのを一本。そのほか、チーズやバケット、ワインなどを買った。 チーズやワインに関しては、K子さんはずいぶんと思い入れがあるようで、とても真剣にあれこれと見比べている。わたしが、普段、飲み慣れているカリフォルニアのナパやソノマ産のカベルネ・ソーヴィニョンを選ぼうとするが、どうもそれでは納得がいかないらしい。最終的に、フランスのボルドーとコート・ド・ローヌが選出され、カートに収められた。 さて、翌日。透き通るようなすばらしい青空が広がっている。通りを走る車も少なく、本当に静かで美しい朝だ。軽く朝食をすませ、新聞などを読みながらしばしくつろいだあと、昼過ぎになってわたしたちは出かける準備をする。 今日のパーティーは、「K子さんがネコの面倒を見るために留守を預かっている邸宅」で開かれるのだ。我が家から車で数分、日本大使館の近くにある一軒家だ。以前はここで、K子さんのケーキテイスティングパーティーも開かれた。 まずはK子さんとわたしで料理の準備。A男は他のゲストがまだ来ていないので、ネコと戯れたり新聞を読んだりしている。 ホットサイダーをつくるため、アップルジュースをたっぷり入れた鍋に火をかける。持参のシナモンスティックやクローブ、ナツメグ、ベイリーフ、カルダモンなどさまざまなスパイスを適当に入れ煮込む。そうするとスパイシーで温かい「ホットサイダー」ができあがるのだ。 ちなみにスパイスは好みのものを適当に入れればいいと思うが、ナツメグ以外はパウダーではなく、粒、もしくは実のままを煮詰めた方がいいと思う。また、オレンジやレモンの皮を入れるレシピもあるようだ。飲む前にラム酒などを加えても身体が温まっていいだろう。 タマネギ、ニンジン、フェンネルなどの野菜はすべて適当な大きさに切り、鉄板に並べ、塩コショウとオリーブオイルをかけて鉄板へ。乱切りにしたヤムイモは、オリーブオイルと、それからK子さんがアップルジュースをかけた。こうすると甘みがのっておいしいのだという。アップルジュースのかわりに水で溶いたハチミツでもいいんだとか。大学芋を思い出して食べたくなった。 マッシュドポテトはミルクとバターであえシンプルに。そして主役のプライム・リブは、よく塩を揉み込んだあと、随所に包丁を差し込み穴を開け、棒状に切ったニンニクを差し込む。さらにローズマリーも差し込む。そして何もかもをオーブンに入れて焼く。 料理の準備をしている間に、A子さんとM男さんもやってきた。二人とも日本人だ。ちょうどホットサイダーが温まったので、飲みながら、料理しながら、前菜のチーズなどをつまみながらおしゃべり。A子さんはこちらの銀行に勤めていて、M男さんは日本の経済関連の財団法人から派遣されて来た駐在員だ。 おしゃべりをしているうちに、料理の準備が整う。まずは、K子さんがあらかじめ用意しておいてくれたチキンレバーのテリーヌ。脇には洋ナシのスライスが添えられている。とてもおいしくて、ワインが進む。坂田持参の「手づくりパン(次項参照)」との相性もよく、アペタイザーですでにお腹が満たされつつある。 やがて、プライム・リブが焼き上がり、テーブルの上で切り分ける。これがまたジューシーでおいしいこと! マッシュドポテトや野菜のグリルとも相性がよく、一堂、大満足。しかし、ここで満腹になってはデザートのタルトが入らないからと、少々控えつつ食べる。 太陽が傾き始め、部屋に西日が射し込み始めた頃、今度は別のパーティーから「はしご」してきたイタリア人カップルとブラジル人の女性がやって来た。ブラジル人の女性の手にもデザートがある。ヨーグルトの手作りデザートだという。 人数が増えたところで今度はデザートの時間。アップルタルトに加え、ヨーグルトのデザートもまたおいしかった。ヨーグルトを一晩「濾して」水分を切り、クリーム状にしたものに、アプリコットやピスタチオ、シナモン、オレンジの皮、ハチミツなどいれたもので、ほどよい甘みとクリーミーな舌触りが好評だった。彼女がレシピを送ってくれたので、ご興味のある方はお試しを。 ------------------ 1 lb yogurt 2/3 cup no-need-to-soak apricots, snipped 1 tbsp honey orange rind, grated 2 tbsp unsalted pistachios, roughly chopped ground cinnamon
1) Drain the yogurt (preferably overnight) 2) Mix the apricots with honey 3) Mix the yogurt w/ apricots, orange rind & nuts 4) Sprinkle w/ cinnamon & chill ------------------ デザートを食べ終えたら引きあげようと言いつつつも、欧州の旅の話や食べ物の話などで盛り上がり、なかなか椅子から立ち上がれず。結局、午後1時頃に集まって、日がとっぷりと暮れた7時過ぎまで、食べて飲んで、おしゃべりしていた。 インド式サンクスギビングディナーもよかったけれど、こんな気ままなパーティーも楽しいね、と言いながら、A男と二人、残った食べ物をたっぷりと携えて、帰路に就いた。
●最近の我が家でのブーム。 ホームページの日記にも頻繁に書き込み、友人にも自慢げに勧めている最近のお気に入り。それは、先日購入したパナソニックのパン焼き器(BREAD BAKERY)だ。何を今更、と思われそうだが、そう、今更になって初めて購入したパン焼き器の、あまりの手軽さと仕事っぷりのよさに、一家2名をあげて感動している昨今なのである。 そもそも我が家の朝食はシリアルがメインだった。数種類のシリアルをミックスして牛乳をかけたものに、バナナやリンゴ、たまにオレンジ、季節によってはストロベリーなどのフルーツを添える。そしてコーヒー。 フルーツはブレンダーでジュースにすることもある。フルーツがないときには買い置きしている濃厚な野菜ジュースを飲むこともある。 シリアルは栄養のバランスが取れているうえ手軽だし、気に入った味のものをあれこれと探し出して食べるのは悪くない。 週末は時間があるからワッフルやパンケーキを焼くことが多い。ブルーベリー、ラズベリー、ピーチなどのフルーツをメープルシロップとあえてトッピングにしたり、あるいはバナナのスライスをヨーグルトであえたり……。 たまには少々凝ったものをと、ウォルナッツやピーカンなどのナッツを砕いて軽く炒り、バナナのスライスとともに生地に練り込んでパンケーキを焼くこともある。 ちなみにこれは、かつてニューヨークに住んでいた頃、ときどき訪れていた、アッパーウエストサイドにあるブランチで人気のレストラン「Good Enough to Eat」のレシピだ。 ストロベリーが練り込まれたバターが添えられた「バナナ・ウォルナッツ・パンケーキ」はとてもおいしく、わたしたちの好きなメニューだった。 http://newyork.citysearch.com/profile/7169071/ さて、そのほか近所のベーカリーでクロワッサンやブリオッシュ、ベーグルなどのパン類を買うこともあるが、それは月に1、2回程度。冬場は、前夜に「鍋」をしてその残りがあるときには、「雑炊」や「味噌煮込みおじや」なども作ることもある。 そんな我が家の朝食シーンを大きく塗り替えたのが、前述の「パナソニックのパン焼き器」である。 夫がインド人だということもあり、我が家では夕食にインド料理が食卓に上ることも少なくない。A男とわたしは食の嗜好が酷似していて、彼はわたしの作る料理をたいていは喜んで食べるが、最も喜ぶのはやはりインド料理である。その折には気合いを入れて「ナン」を焼くこともある。 無論、本来は「タンドーリ」という深い釜で焼いてこそのナンなのだが、そんな大仰な設備がうちにあるはずもなく、オーブンで焼く。 これまで「ナン」を作る際には生地を手で捏ねていたのだが(かなりの運動量)、パン焼き器で生地を作れるのだということを知り、さらには、ピザ生地もお任せできるとわかり、そもそもそれらが目的で、パン焼き器を購入することを決めた。 週末、近所のデパートメントストアや家庭用品の専門店を巡ってみるが、どうもピンとくる機種が見あたらない。まずはリサーチしてから購入するべきだろうと思い直し、帰宅後、インターネットでチェックする。 家電などの商品を買うときにたまにのぞくサイトで、e-pinionsというのがある。 http://www.epinions.com/ 車、本、映画、コンピュータ、家電、旅行その他、さまざまなジャンルに亘り、商品に対する「消費者の評価」が紹介されている。また、各商品が購入できるウェブサイトが羅列され、それぞれの販売価格も一覧で見られるから、どこで買うのがお得なのかも一目でわかるのがいい。 そのe-pinionsで「bread machine」を検索したところ、パナソニックと象印の2種が圧倒的な支持を得ていることが判明した。やっぱり日本の家電はすばらしいのね、と納得しつつ、ざっとレビューを読む。読む限りではどちらもほぼ同程度の機能だったので、レビュー数の多いパナソニックの方を選ぶことにした。 夜のうちに、小麦粉と水、バター、スキムミルク、塩、砂糖、そしてイーストなどを入れてタイマーをセットするだけ。すると、朝には焼き立てのパンができあがっているのだ。まさに電気釜感覚。特に寒いこれからの季節は温かいパンがなんとも言えずおいしい。フルーツのヨーグルトあえなどと一緒に、ふかふかのパンを食べるのは、かなり幸せな気分だ。 スキムミルクのかわりに生クリームを入れると粘りが出てこれもまたおいしい。レーズンを入れたり、スパイスやナッツを入れたり、あれこれとアレンジも出来るようだが、今のところシンプルな食パンが気に入っている。中はふわりと、耳は香ばしく焼けるのもまたいい。 なぜ、こんなに食パンに感動しているかといえば、アメリカでは日本で食べるような柔らかくてやさしい風味の食パンが手に入らないのだ。 一般のスーパーマーケットに売られている食パンは、一般に日本のものに比べ四方が小さく、薄めにスライスされていて、量が多い。パサパサしたものが多い上、賞味期限も長く、おいしいと思うものがあまりない。 無論、アメリカの一般的な家庭ではこのパンは欠かせない。子供たちのランチといえば、この食パンに、ただピーナッツバターやイチゴジャムを挟んで「サンドイッチ」にし、サンドイッチ専用の小型ビニール袋に入れたものが「定番」なのだから。 日本の「お弁当」に比べると、アメリカのランチボックスは、栄養のバランスもなにもあったものじゃない。上記のシンプルなサンドイッチに、バナナやリンゴなどのフルーツが添えられていれば(といっても皮をむかずそのまま持参)まだましな方で、たいていはそれだけか、ポテトチップスのようなスナック、スニッカーズのようなチョコレートバーなどが添えられる程度なのだから。それでコーラなどを飲んだ日には、子供の成人病が増えたとしてもなんの不思議もない。 スーパーマーケットには、「ランチボックス」と名の付いたパッケージも売っている。クラッカーとチーズのセット、あるいはクラッカーと小さいツナ缶のセット……。そういう商品はついつい手に取り、しみじみと眺めてしまう。(こんなことでいいのか?!)とつぶやきながら。 話がそれたが、パンである。無論、街角のベーカリーなどに行けば、フレンチ風のバケットもあるし、イギリス風の食パンやライ麦パン、グラハムパンなど多彩なパンがある。酸味のきいた酵母パンなどもおいしい。しかし日本で食べるような柔らかくてシンプルな食パンが手に入らないのである。日系のパン屋やコリアン系のパン屋に行けば置いているが、しょっちゅう出かけるわけではないし……。 というわけで、やたら気合いを入れて延々と書いたが、家で食パンを作れるようになって、わたしはとても幸せなのである。A男も非常に気に入っている。 ただ、わたしは嗅覚が非常に鋭いため、目覚まし時計がなる前に、キッチンに置いているパン焼き器が発する焼き立てパンのいい香りに目を覚ましてしまうため、睡眠時間が削られてしまう。従って、パン焼き器をベッドルームから一番遠い「書斎の一隅」に置いている。それがなんとも妙ではあるが、まあ仕方あるまい。 我が家の食パンブームは当分続きそうである。 (12/5/2002) Copyright: Miho Sakata Malhan |