ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー
Vol. 7 10/10/2000
今日、10月9日は、アメリカも日本と同じで、祝日です。でも、体育の日ではありません。10月の第二月曜は、コロンバス・デーと呼ばれる祝日で、1492年にクリストファー・コロンバスがアメリカ新大陸を発見したことを記念する日です。マンハッタンでは、コロンバスがイタリア人だったこともあり、イタリア系の移民を中心に、五番街で賑やかなパレードが展開されます。 次号(冬号)のmuse new york の取材をかねて、土曜・日曜とハーシー・リゾートに行きました。チョコレートでおなじみのハーシーです。今からおよそ100年前に誕生したハーシー・チョコレート。福利厚生施設がたいへん充実していて、社員とその家族たちのために造った施設が拡大し、現在、一般の人たちが利用できるリゾートに発展しました。 ペンシルベニア州の片田舎にある小さなこの街。大きな2本の煙突を備えたチョコレート工場を中心に、遊園地や動物園、ゴルフ場などのアトラクションやホテルが点在しています。メールマガジンの読者の中には、muse new yorkを定期購読してくださっている方もいるので、ここでガイド的なことを書くのは控えますが、記事にはならない(できない)エピソードを、日記にしてお伝えします。 その前に、少しだけ、弊社とその仕事について、説明しておきます。Muse Publishing, Inc.は、1998年1月より業務を開始しました。在米日系企業の広告制作や、会社案内、カタログなどの企画・印刷、また、日本の雑誌やガイドブックの制作やコーディネーション、各種リサーチなどの仕事を通して、売り上げを立てています。その利益の中から「自社出版」しているのが、季刊誌muse new yorkです。 「出版社」と名乗るからには、せめて弊社の独自性(私の好み)によって構成された出版物を作りたい、と思ったのが創刊のきっかけです。去年の8月に創刊して以来、すでに5号を発行しました。マンハッタン周辺には、領事館の報告によると5万人程度、実数としてはその数倍にものぼる日本人が暮らしています。主にその人たちを対象に、1万部を印刷し、無料配布しています。コンセプトなど詳細については、ホームページに紹介しているので割愛します。 当初の目的では、号を重ねるたびに広告による収入を増やし、黒字とまではいかずとも、制作コストだけはまかないたいものだと思っていましたが、そうそう物事は簡単には行きません。制作費はおろか、取材費をまかなえるようになるには、まだしばらく時間がかかりそうです。そういうわけで、本誌に掲載されている「旅行関連の取材」は、すべて私の休暇を利用して行われています。 「遊びながら仕事ができるなんて、いいわね」 人はよく、私に、そういいます。 「いや、遊びすらも、仕事にせねばならないのですよ」 一応の体裁上、神妙にそう返してはみるものの、結果的には、どちらでも同じようなもののようです。 muse new yorkだけでなく、他の出版社から正式に依頼された取材でも、やっぱり楽しまなくてはいい記事は書けません。ってことは、いかに取材で遊べるか、ということになります。 ちなみに、こんな呑気なことは、今だから言えることで、駆け出しのころの取材は、スケジュールや天候などに気を揉んだり、ライター、カメラマンなど同行者とのやりとりに気を遣ったりと、かなり張りつめたものでした。遊ぶなんて気分には、到底なれませんでしたから。そう考えると、年を重ね、経験を積んでいくというのは、とてもいいことだと思えます。無駄な緊張やストレスが少しずつ緩和されていくようです。 どうでもいい前置きが長くなりましたが、これは、以下に続く「日記」をお読みになった方が 「えーっ、muse new yorkって、こんないい加減なノリで取材されてるわけ?」 という誤解を抱かれる前に、ちょっと言い訳しておかなければ、と思い書き連ねたまでです。 ちなみに、以下の日記は長いですから、お時間のある時に、お読みください。
★チョコレートの世界へ。 マンハッタンに比べると、南に位置しているせいか、ワシントンDCはとても暖かい。 先週一週間は、毎日が夏日で半袖で生活していた。さて、緯度でいうと、マンハッタンとDCのちょうど中間あたりに位置するハーシー・リゾートに出かけることにした。muse new york の冬号で紹介するためだ。 「ぼくは、この週末、シェナンドー国立公園に行きたいよ。あそこは紅葉がものすごくきれいなんだよ。ハーシー・リゾートなんて家族連れが行くところはやだからね。だいたい、ハーシー・チョコレートってあんまりおいしくないし」 「シェナンドー国立公園は、ニューヨークからは遠すぎるから、<週末ドライブ>の企画には無理なの! 冬に紅葉のことを紹介しても仕方ないでしょ。それに、無理してチョコレート食べなくってもいいんだから。ね!」 嫌がるA男を説得し、1泊2日でハーシー・リゾートへ行くこととなった。簡単に荷造りをし、ランチ用のおにぎりを作って、10時30分に出発。遅くとも1時過ぎには到着するだろう。今日は、運転歴のまだ浅いA男がドライバーで私がナビゲーターだ。 DCの街を離れ、北を目指すハイウエイに乗る。空は青く澄み渡り、すっかり秋の色。ハイウエイ沿いの緑の木々は、北上するにつれ、目に見えて紅葉していく。時折、中央分離帯で、薄桃色、濃桃色、白のコスモスの群生が現れ、風に揺れているのが見える。 途中、ガソリンスタンドに立ち寄る。アメリカのガソリンスタンドでは、入った途端に「いらっしゃいませ〜!」と言いいながら従業員がわらわらと近寄ってきて窓を拭いてくれたり、灰皿のゴミを捨ててくれたりすることは、絶対にない。たまに「フルサービス」があるガソリンスタンドがあり、そこでは取りあえず給油してくれ、簡単に窓を拭いてくれるが、サービスの程度はもちろん日本の比ではない。たいていの場合、自分でクレジットカードをスライドし、自分でタンクを開けて給油する。気楽なものである。 最初、DCで30分ばかり渋滞に巻き込まれたのと、私がうとうとしているときに、A男が道を間違ってしまったせいで、予定時間をかなりオーバーしている。さっきガソリンスタンドで購入したポテトチップをおかずに、車中にておにぎりを食べる。なかなかおいしいものだ。A男もインド人ながらおにぎりは大好きで、満足そうである。 午後2時を回った頃、ようやくハーシー・リゾートに到着。ホテルにチェックインする前に、まずはリゾートの中心ともいえる「チョコレート・ワールド」に立ち寄る。 建物に入るや、甘いチョコレートの香りに包まれる。ここには、カフェやレストラン、チョコレートストアがあるほか、チョコレート工場を再現したツアーが行われている。私としては、本物の工場を見学したいのだが、それは行っていないらしい。 ツアーに参加した後、ショップやカフェのコーナーへ行く。ハーシーを代表するキッスチョコレートのぬいぐるみや小物が目に飛び込んでくる。何種類ものチョコレートが段ボール単位で販売されてもいる。一画にクッキーショップを発見。アメリカのチョコチップクッキーは直径が10センチ以上もあり、普段はあえて食べようとも思わないのだが、なんだかここのクッキーは、とてもおいしそうに見える。私もA男も等し く太りやすい体質なので、普段は甘い物を極力控えているのだが、ここに来てそんなことは言っていられない。 「ミホ、ぼく、チョコチップクッキー、買ってくる!」と、A男は何の相談もなく、張り切って行ってしまった。 早速、袋から1枚ずつ取り出して食べる。ほのかに温かくて柔らかいクッキーに、これまたクリーミーで柔らかいチョコレートチップ。お・い・し・い! 「ぼくは、こんなにおいしいチョコチップクッキーを食べたのは、生まれてはじめてだ!」と、A男は目を丸くしながら、はぐはぐと食べている。 そうなのだ。おいしいチョコチップクッキーとは、パリッと乾燥しているのではなく、しっとりと柔らかいものなのである。ちなみに、日本では、食べ物やスナックの「湿気を防ぐため」、サランラップやビニール袋に密封するが、アメリカではこの逆で「乾燥を防ぐため」に、密封する。密封されていないクッキーは、ぱりぱりに乾いてしまい、正しいおいしさを堪能できない。それにしても、ここのチョコチップクッキーは、できたてで、しかも素材がいいのか、本当においしかった。 ふと、向こうのカフェへ視線をやると、手に手に、チョコレートファッジ(アイスクリーム)を携え、幸せそうにスプーンを口に運んでる人々が見える。老若男女を問わず、それはそれは大きなチョコレートファッジを食べている。こればかりは、たとえ太らないからと言われても、食べ尽くせる自信はない。なにしろ、大きなカップに、日本で言うところの茶碗山盛り一膳分くらいのアイスクリームがどっしりと入った上に、コップ一杯分はあろうかと思われるチョコレートシロップがとろりとかけられ、更にその上に茶碗一膳分の生クリームが「これでもか!」というくらいに、うずたかく載っかっているのだ。 そんな激しい食べ物を、老人はまだしも、小さな子供までが食べ尽くしている様を見ていると、つくづく人種の違いを痛感させられる。とはいえ、チョコチップクッキーに気をよくした私たち。ちょっとは食べてみたいというものだ。一番小さなアイスクリームに、チョコシロップと生クリームをちょっとだけかけてもらったものを、2人で分けることにした。 これがまた、おいしい。作りたて、だからだろうか。アイスクリームはこくがあるのに爽やかな舌触り。チョコレートシロップもほどよい甘みがとろりと口のなかに広がり、何とも言えない味わい。普段食べるハーシーチョコレートからは想像できないおいしさである。なぜだ? A男は、しきりに " I am very impressed by these sweets. Actually, amazing!" と感心している。直訳すると、 「ぼくはこれらのお菓子に、とても感銘を受けました。本当にすばらしい!」である。 すっかり気をよくした私たちは、予約していたホテルに向かう。すでに日差しは傾き始めていたので、アトラクションは明日まわることにして、ホテルでのんびりすることにした。チェックインの時に、ハーシーの板チョコをプレゼントされた。余り好きではないはずなのに、何となくうれしい。 ホテル内に、ミニゴルフのコースがあったので、ちょっと遊んでみることにする。2人とも正式なゴルフができないので、この程度のパターゴルフで十分楽しめるのだ。 私が勝利を収めたところで退散。レクリエーション施設で「盤ゲーム」を貸し出していたので、「人生ゲーム(LIFE GAME)」を持ち出し、ロビーでワインを飲みながら、ゲームをする。しかし、2人だと余り楽しめないゲームではある。ロビーの暖炉には火が入り、秋を通り越してすっかり冬の風情だ。 たまたま、ホテルのホールで、クラシックカーのオークションをやっていたので、のぞいてみることにした。20世紀前半の名車が、ぴかぴかに磨き上げられて並んでいる。CADILLAC, BUGATTI, CHRYSLER, JAGUAR, LINCOLNなどの往年のモデルがずらりと並び、1ミリオン(約1億円)を超える値段を付けているものもある。私は車に詳しくないので、何とも気の利いたコメントはできないが、どの車にも個性があって、芸術作品のようであった。 中に、私が小学生のころにはやったスーパーカーが一台、展示されていた。ランボルギーニのカウンタックという車。これは実に変な車だ。なにしろ、ドアを上にスライドさせて開けるというのは、見るからに無理がある。近未来的なデザインだが、あのような車が普通になる「近未来」は、永遠に来ないと思う。乗るたびに頭や膝をぶつけそうな、危なっかしいデザインだった。 さて、夕食はホテル内のステーキハウスで取ることにした。前菜にシーザーサラダとロブスタービスク(クラムチャウダーのロブスター版のようなもの。クリーミーなスープ)、ステーキは2人でシェアすることにした。アメリカの標準サイズのステーキを、一人で食べ尽くすには、かなりの覚悟がいる。ちなみにそのTボーン・ステーキは1人前で24オンスだったから、685グラムといったところか。 私たちの隣に座っていた老夫婦のテーブルに、ろうそくのともったケーキが運ばれてきた。どうも夫の誕生日らしい。アメリカのレストランでは、よく見られる光景だ。 同行者があらかじめ、店の人に伝えておくと、こうしてデザートにロウソクを付けて持ってきてくれるのだ。店によっては花火をパチパチとつけながら、従業員一同が「ハッピーバースデー」と歌いつつ、賑やかに祝ってくれることもある。そんなときは、近隣のテーブルの客たちも、一斉に拍手をして、「おめでとう!」と声をかける。 このレストランは比較的地味で、誰も歌う人はなかったが、おじいさんがロウソクを吹き消したとき、私とA男が「おめでとう!」と言って拍手をすると、おじいさんはうれしそうに「ありがとう」と言った。 ステーキを食べ、満腹の極みに達していた私たちのテーブルに、隣の老夫婦が誕生日ケーキの半分をプレゼントしてくれた。うれしいけど、もう、腹12分くらいである。しかし、せっかくだから、ひと口だけ、食べてみる。と、これがまえた、おいしい。 ココアのスポンジがほどよい甘さで、ふんわりとしている。思いがけず、4、5口も食べてしまった。 翌日は、リゾート内にある動物園や植物園、ミュージアムなどを巡った。このあたりのことは、muse new yorkで紹介するので、触れずにおく。 一日分の出来事だけで、随分だらだらと書き連ねてしまったので、今日はこのへんにしておきたい。なんだか、食べ物のことばかりが主体になってしまったが、仕方あるまい。それでは、また。 |