坂田マルハン美穂のNY&DCライフ・エッセイ

Vol. 66 2/24/2002

 


またもやお久しぶりです。

新居での生活にも随分慣れました。ここ数週間のうちに家具や調度品を買いそろえたり、観葉植物を購入したり、壁に絵や写真などを掛けるなど、「住み心地のいい空間」に整えました。

週末以外はほとんど毎晩、家で食事を作り、A男の出勤時刻に合わせて早寝早起きの生活。非常に健康的な毎日です。

週末は、A男と一緒に「近所の探検」と称して散歩に出かける日が続いています。ワシントンDCは、高層ビルがないので視界が広く、緑がいっぱいで空気もきれいなので、散歩には最適です。

今回もまた、ホームページの方に記している日記から、いくつか抜粋します。

 

●2月9日(土) 
爽やかな青空のもと、近所を散策。ショッピングの土曜日

目覚めたら青空がまぶしいほどに澄み渡っていた。おむすびを持って近所を散歩する。A男はまだカテドラルに入ったことがなかったので一緒に出かける。

前回来たときは夕暮れで光が弱かったけれども、今日は南東からの日差しがステンドグラスを通過してフロアにこぼれおち、虹のような色彩を至る所に描き出していた。光の加減で、こんなにも室内の空気が変わるのかと驚かされる。

カテドラルの隣には、セント・アルバンというお坊ちゃま学校がある。下校時にはお迎えの高級車がずらりと周囲に並ぶ。今までニューヨークで見てきた学校の風景とは全然違う。ほんと、イギリスみたい。

カテドラルのそばに小さなガーデンを発見。数名のガーデナーが、春の訪れにそなえて手入れをしていた。さまざまな木々、ハーブ、バラなどが配されていて、ところどころに彫像などもある。随所にベンチが置かれ、読書をしたり、ぼーっとまどろむには最適の場所。

ガーデンの一画のベンチに座り、カテドラルを見上げながらおむすびを頬張る。突如、カリヨンの音があたりを包み込んだ。カリヨンとは大小数十の鐘を、棒状の鍵盤を打ちながら奏でる教会用楽器のこと。ピアノの鍵盤のように配列された棒を、足や拳を使って打つのだ。

カテドラルの裏手にグリーンハウスがあった。ちょうど部屋に緑が欲しいと思っていたところだったので、いくつか手に持てる程度のものを買うことにした。

ハーブはミント、ローズマリー、マジョラム、セージなど。特にミントはどんどん成長させてミントティーやモヒト(ラム、フレッシュミント、ライムの入ったキューバのカクテル)に使いたいのだ。ローズマリーは、肉類のグリルにちょっと添えてもいい。

それから、ミニバラの鉢植えを数個とお手入れ簡単で緑が鮮やかなスパンシフィラムを購入。うちにはあいにくバルコニーがないので、日当たりのよい出窓近辺に置くことになるだろう。

 

●2月12日(火) 語学学校のフリーレッスンを受けてみた

うちの近所、ウィスコンシン・アベニュー沿いにLadoという語学学校がある。この間、通りかかったとき、無料英語レッスンの張り紙が目に入った。2月いっぱいの平日、2時30分から4時30分まで、自由に参加できると書いてある。講師予備軍のための実習らしい。どんな様子か、一日参加してみることにした。

思えば1996年の春、英語を学ぶために1年間の予定でニューヨークに訪れたのにも関わらず、語学学校は4カ月でやめ、仕事を始めた。さらに1年後、会社を立ち上げた直後、いい加減な英語をなんとかせねばと改めて語学学校に通い始めたものの、仕事の忙しさを理由にやはり3カ月ほどでやめてしまった。

A男と話すときはもちろん英語だが、なにしろ文法がいい加減でボキャブラリーが少ない。こればかりは100%努力不足である。住んでいればしゃべれるようになるというのは大きな間違い。きちんと身に付けるには、やはり努力して勉強しなければダメなのだ。

むろん、住んでいれば英語の環境に慣れるから度胸はつく。何となくうまくしゃべっているような気になる。しかしつくのはあくまでも度胸であって、英語力ではない。

これまでA男からは英語力の不確かさを何度も指摘され、何かといえば「勉強し直すべき」「語学学校に行けば?」と言われているのだ。

わかっちゃいるけど、ついつい、読書といえば日本の本を読むし、英語の本を読み始めても、いつも三日坊主で終わってしまう。まるで睡眠薬同然だもの。

ところで語学学校。クラスはBeginner(初級)、Intermediate(中級)、Advanced(上級)の三つある。態度は上級だが語学力は中級に参加した方がいいのかなあと謙虚に思いつつ、講師に相談したら、「あなたは上級で大丈夫よ」とのこと。

買い物帰りだったので、ビニールの袋を下げて教室に入る。2時間のクラスを3人の研修生が講習するという仕組み。講習生は老若男女入り乱れた十数名。まずはお決まりの自己紹介。壁に貼られた地図を見て、母国を指し説明する。

ロシア大使館が目の前にあるせいか、ロシア人が半数を占める。特におばさま方。大使館に勤める職員の妻たちだろうか。授業中にも関わらず、ロシア語でのおしゃべりに花を咲かせている。主にモスクワ出身だが、中にはハバロフスクから来た人もいる。

それにしても、ロシアって広いわねえと、他国の生徒は皆口々に。その他、細長いチリの最南端の街プンタ・アレナス出身の青年や、ブラジルのサルバドール出身の青年、ドイツはライプツィヒ出身の若い女性などが、それぞれの出身地の説明をする。

そんな話を聞いているうちにも、旅情が駆り立てられて来、心がざわざわとする

南米、コスタリカ出身のおばあちゃんも参加していた。赤いコートを着たチャーミングな彼女。講師に「あなたの国を指してください」と言われると、「コスタリカは小さいのよ! ハエくらいにしか見えないわよ!」と言いつつ、地図を指す。

なんだかもう、みんなロシア語やらドイツ語やらポルトガル語混じりのむちゃくちゃな英語で、しかし猛烈な積極性で講師に質問する。特にロシアのおばさま方は私語も多いが質問も多い。何人もが矢継ぎ早にしゃべるから、何が何だかわからない。

いったい初級なのか上級なのかちっともわからないレベルの授業内容で2時間が過ぎた。

いろんな人に出会えるのは楽しいけれど、自分で2時間勉強した方が断然はかどるような気もするし、かといって自分でやるかといえば多分ほかのことをしてやらないだろうし、せめて無料の期間だけでも通うべきだろうかと思案中。

 

●2月14日(木) ハッピーバレンタイン! A男の血液型判明。

以前も書いたが、私はB型だ。血液型で性格がどうこういうつもりはないが、日本人同士で話をしていると、折に触れて血液型の話題になることがある。A男はそんな日本人の傾向をして「なんてナンセンスなんだ」「バカみたい」「血液型で性格を分類できるわけない」などと、いつも思い切り否定的なコメントを発する。そもそも彼は自分の血液型さえ知らないのだ。

「昔インドで運転免許証を取ったときに検査したはずだけど、覚えてないなあ。でも、多分、僕はRHマイナスAB型だと思う」って、何ゆえにそんなにレアな血液型だと思うのよ? どこまでも「自分は特別・特殊」って思いたいらしい。

昨日、古い荷物を片づけていてA男のインドの運転免許証を発見した。顔写真の背景が「真紅」で、こてこてに強烈な写真。それでなくても濃い顔がいっそう暑苦しく見える演出である。免許証に彼の血液型が記されていた。RHプラスA。単なるA型じゃない。

「あなたの血液型はA !」という一言だけを記したEメールを早速彼に送る。

すると、ほどなくして返事が来た。

Did you find my driver's license with the handsome photo on it..

(ハンサムな写真付きの、僕の運転免許証、見つけたの?)

Is A good?

(A型って、いいの?)

Is it a good match with you ??

(ミホとの相性はいいの??)

……なんだかんだ言って、自分、気にしてるやん、血液型。

ところで今日はバレンタインデー。いつもならどこかのレストランで食事をするのだけど、今年は家で過ごすことにした。

午後、早めに仕事を切り上げて食料品を買い出しに行く。メインは我々の大好物であるラムチョップのグリル。ニュージーランド産の骨付きラムチョップを購入した。

さて、バレンタインデーということで、アップルタルトを焼く。ティーンエージャーのころ、自宅のキッチンでよくお菓子を作ったものだが、高校を卒業して一人暮らしを始めてからは、数えるほどしか作っていない。

それにしてもお菓子を焼くときに漂う香りというのは、たまらなくいいものだ。バターと小麦粉の甘い香り。この匂いに包まれていると、非常に幸せな気分になる。

アップルタルトを焼き上げ、記念撮影をしたあと、しばし仕事に戻る。

A男はビロードみたいな花びらの、ゴージャスな真紅のバラを買ってきてくれた。会社の近くの花屋には、バラを求める男性たちがひしめいていて、ボスともかちあったらしい。

本当は明日、大切なプレゼンテーションがあるのに、彼とボスは夕方過ぎても準備を完了できず(打ち合わせ中、不意の来客があり、オリンピックの話が盛り上がって延々しゃべっていたらしい)、しかしボスが「今日は、ひとまず、帰宅しなければならないだろう」ともちかけ、二人して仕事半ばに帰宅したらしい。そんなことでいいのか? いいんだろうね。バレンタインデーだもんね。

 

●2月16日(土) 大使館通りを散策してデュポンサークル界隈へ

三連休の初日。目覚めれば青空。夕べ2時頃寝たにもかかわらず、9時前に目が覚めた。普通なら土曜はだらだらと9時間近く寝てしまうのだが、熟睡していたのだろう。

軽いブランチのあと、A男は、ゆっくりお風呂に入りたいと言いだし、バスタブにお湯をため始めた。先日、福岡の両親が送ってくれた「別府の湯」に浸かり、えらく幸せそうである。1時間近くも温浴していた。

午後は、エクササイズを兼ねての散歩。マサチューセッツ・アベニューを南下してデュポン・サークルという繁華街に行くことにした。マサチューセッツ・アベニューは通称大使館通りと呼ばれ、左右に各国大使館が立ち並んでいる。

木々が立ち並ぶ住宅街を通り抜けると、海軍の天文台がある。これがかなり広大な円形の敷地。天文台と言っても一般人が入れるわけではないので通過する。それにしても今日は暖かくて、コートが要らないくらいだ。

イギリス大使館、ニュージーランド大使館を皮切りに、各国大使館が現れてくる。次々に目に飛び込む国旗を見ながら、国名を当てつつ歩く(しかし全然当たらない)。それぞれの大使館が、特徴のある建築物だから見比べながら歩くのは楽しいものだ。

ほどなくして、右手に、一対の象の像(!)が並んだこぢんまりとした建物が見えた。インド大使館だ。壁には蓮の花のレリーフもある。

「A男! ほら、インド大使館だよ」

「あっ、ホントだ。えーっ、なんだか小さいなあ、この大使館。建物もなんだかシャビーだよ(みすぼらしいよ)。それに、国旗も、なんか小さい!」

「確かにねえ。ご家庭用の国旗みたいだね」

「なんでこんなに小さいの? 納得いかないなあ。アメリカはインドのことを重要に思ってないって感じだよねえ。インドはアジアでも大きな民主主義の国なのにさあ」

なんだかひどくご不満の様子。早々に引き上げようと歩き始めれば、お隣は金色の菊の御紋が掲げられた日本大使館だった。

「なんで? なんで日本大使館の方が大きいの? 理解できないなあ。でも日本大使館、どうして国旗がないの?」

「知らない。なんでだろうね」

それからというもの、A男、不機嫌持続。

「見てよ、あのアフリカの小さい国だってあんな大きい建物なのにさ。ほら、あの国だって。コリアも大きいねえ。……、あー! パキスタン大使館! なんでパキスタンがあんなに大きいんだよ!! 建物も立派だし! なんでだよ!」

ああ、もう、うるさい。

しばらく歩き、ほとぼりが冷めた頃、前方にあばら骨をあらわに杖をついて歩く、ガンジーの大きなブロンズ像が見えてきた。

「あれ? あれ、ガンジーじゃない?」

「ガンジー じゃなくて、ガンディー!」

「あれ? あの建物にもインドの国旗があるよ!」

ガンディー像の向かいに立つ大きな建物。そこにもインド大使館と記された看板が出ている。

「さっきのは大使館の分室か別館だったんだよ。よかったね。大きいのがあって」

「あーよかった。おかしいと思ったんだよな。大きくてよかった」

どうにかご機嫌が元に戻ったようである。そういうわけで、数々の大使館を眺めつつ、デュポン・サークル界隈に到着。スターバックスでカフェ・ラテ休憩した後、界隈を散策する。

デュポン・サークル周辺は、ワシントニアンたちで賑わいを見せていたけれど、数ブロック離れるとビジネス街(ダウンタウン)になり、休日の今日は閑散としている。こういうところを見ると、やっぱりマンハッタンが恋しくなる。マンハッタンは、色々な要素がびっしり詰まってるからね。

街が生き物みたいにどんどん変わっていくから、何年住んでいても新しくて、飽きさせないし。エネルギーが満ちあふれているし。

マンハッタンのことを思うと、昔の恋人を思い出すみたいに、少しブルーになる。

 

●2月18日(月) 夕食時の動物園を訪ねる。パンダに子象が印象的だった

今日はプレジデンツデー。連休最後の日だ。ファクトリーアウトレットに買い物に行く予定だったが、二人とも気分が乗らず、またもやご近所探検(動物園方面)となった。

午前中は各々仕事をし、午後から出かけることにする。A男が「おにぎりと卵焼きを持っていこう」というので、それはいいねとご飯を炊き、おにぎりを作っているうちに1時間くらいが過ぎてお腹が空いてしまい、出発前に家で食べてしまった。何やってんだか。

動物園へはガーフィールド・アベニューを東へ歩く。またもや閑静な住宅街通過の平和な散歩道。20分ほどで動物園に到着した。ここはスミソニアン経営の動物園で、他のミュージアム群と同様、無料で入場できる。

閉園数時間前とあって、パンダのぬいぐるみやパンダの絵柄入りの買い物袋を下げた家族連れが次々と帰路に就いているのを逆行して園内に入る。

並ぶことなくパンダを見ることが出来た。ちょうど動物たちの夕食時間のようで、笹の葉をバキバキ言わせながらおいしそうに食べている。

コロンと転がる姿がA男にそっくりで、すごく親近感がわく。以前来たときは2頭がじゃれあっていたけれど、今日は食事に専念していた。

長いことパンダを見学していると、誰かが「象の赤ちゃんを見に行かなきゃ!」と言っているのが聞こえた。A男も私も、「私たちも見に行かなきゃ!」と移動する。

ここもまた食事の時間で、動物たちは建物の中の個室に戻っていて食事をしていた。藁を食べるサイ、足と鼻を使って器用に竹を割りながら食べる象、かとおもえば藁をまき散らしながら食べる象。

キリンの親子も首を長くして、上部に備え付けられた餌箱から藁を食べている。こんなに間近で動物たちの食事風景を見るのは、二人とも初めてだったから、ずいぶん長いこと見入った。最初はかなり臭かったけど、しばらくしたら慣れた。

それにしても、象の鼻は蛇のようにくねくねと、器用に動いて面白かった。短く一口サイズ(30センチくらい)に切った竹を口に入れる直前に、竹であごを「かいて」いた。かゆかったのかしら。でも、食べながらボトボトとすごい音を立てて大便をしたのには笑った。観客一同、沸いた沸いた。

それにしても可愛らしきは象のあかちゃん! 去年の11月に生まれたばかり。私たちが檻の前に来たときは、床にでれんと寝ていたのだけれど、しばらくすると、スッと機敏に立ち上がり、おもむろにお母さんの右側のおっぱいを飲み始め、しばらくして左側のおっぱいを飲み始め、またごろんと横になって寝てしまった。人間の赤ちゃんに比べると、かなり自主的ね。

でも、ちょっと強烈だったのが、モニターで上映されていたビデオ。なんでもその子象、人工授精で出産したようで、その人工授精を行っている模様が上映されていたのだ。

クリーム色の液体が入った三本の注射器が画面に映し出され「カナダからの精液」とのコメント。ドクターが母象の子宮に管のような物を入れ、精液を注入している一部始終が写し出された。

しかもドクター、空になった注射器を持って「彼女はこの匂いにどう反応するでしょうか」なんて言いながら、鼻先に持っていったりする。なんか、すごいわ。

A男曰く

「あれって、象に失礼だよね。人間にあんなことしたら怒るよね」

……ごもっとも。

あっという間に時間が過ぎて、入り口界隈の動物を眺めただけで園を出た。今週の食料を買い出しに行き、重い荷物を持って坂道を息を切らしながらのぼり、三連休が終わった。

 

★坂田マルハン美穂が紹介された書籍が学研より発行されました

ホームページにも紹介していますが、2月22日に学研から『わたしたち海外で働いています』という単行本が出版されました。

世界各国で働く20代から30代の日本人女性たち20名のエピソードが綴られており、そのうちの一人として、坂田マルハン美穂も14ページにわたって紹介されています。

ニューヨークで起業するまでの経緯を子供時代の経験から遡って取材していただきました。近々、書店に並ぶかと思いますので、ぜひご覧ください(ご購入ください)。

 


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