ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー

Vol. 29 2/10/2001

 


「忙しい」の「忙」の文字は、「心を亡くす」という意味合いから成り立っています。「慌ただしい」の「慌」は、「心が荒れる」となりましょう。このように、漢字の成り立ちを考えてみますと、できるだけ使いたくない言葉がおのずと自分のなかにできあがってきます。

いにしえの日本には「言霊」という言葉が生きていましたし、状況に不適切な言葉や、不運を招くような言葉<忌み言葉>を口にすることは、忌避されていました。

さて、私は、「忙しい」と口にした途端、なんだか気持ちが切羽詰まり、たいしたことでもないことも、大仰な事態に陥ったかのごとく錯覚する場合がございます。また「忙しかったから」という一言で、自分の怠慢や計画性のなさが解消されてしまうような、そういう身勝手な響きを感ずることもございます。

ですから、どんなにするべきことが山積していても、私は基本的に「忙しい」と口にしたり書いたりせぬよう、努めております。そのような状況においては、それに変わる言葉を用いております……。

などと、理屈っぽい独自のルールをもって、私、常日頃は生活しているのですが、そんな鬱陶しい話はどうでもいい、と思えるほど、ちょっと「忙しく」なってきました。

とはいえ、自営業の身としては、暇より忙しい方が、仕事がないよりあるほうが、ずっといいわけで、これは決してネガティブな状況ではありません。仕事にかかる時間と売上高が必ずしも比例するわけではありませんが、それにしても、私が行っている仕事は「楽して儲かる」ものではありませんから、まあ、「忙しい」のはありがたいことだと思います。

さて、今は金曜の午後。ワシントンDCに向かう列車のなかです。先ほど、ミッドタウンのペン・ステーション(ペンシルベニア駅)の改札で、電車のプラットホームが表示されるのを待っていました。そのとき、赤いコートを着た、細身で品の良さそうな白人のご婦人が近寄ってきて、私に尋ねました。

「私はこれからDCに行くんだけど、どこのホームに行けばいいの? 指定席が取れなかったから、普通車なの。座れなくならないように、早く行きたいんだけど」

「私も同じ列車に乗るんだけど、まだホームはアナウンスされてないし、表示もないから、もう少しここで待ちましょう。夕方はとても込むけど、今の時間ならなんとか座れると思うわよ」

「よかった! あなたも同じ列車なら、私、あなたのあとについていくわ。ああ、助かったわ!」

あれこれと世間話をしていたら、アナウンスが聞こえた。

「171号、ワシントンDC行き、15西」

その瞬間、ご婦人は「15西ね!」と声を発し、そのホームの方向を指さすと、スーツケースのハンドルを握り締め、ものすごい勢いで、人並みをかき分け歩き出しました。ホームへ向かうエスカレーターでも、他の人を追いぬいて、行ってしまいました。そんなに急がなくたって座れると思うけど……。私は彼女についていけませんでした。

いずこも、おばさんって、たくましいのね。

さて、今週も、またいろいろなことがありました。まずは、先ほどタクシーの中での会話から。

 

●ロンリーなタクシードライバーの身の上話

ペン・ステーションに行くため、タクシーを拾った。

「これからどこへ行くの?」

「ワシントンDCよ」

「電車代、いくらくらいするの?」

「曜日や時間帯によっても違うけど、片道85ドルくらいね」

「そんなにするの? 高いなあ」

しばらく電車や飛行機などの交通費の話をする。

「あなた、チャイニーズ? それともコリアン?」と私は尋ねる。

「ぼくはタイ生まれのチャイニーズ。君はコリアン?」

「ノー。私はジャパニーズ。」

「ぼくは一ヶ月に一度は、必ず日本食を食べに行くんだ。日本料理は身体も心もすっきりさせてくれる、いい料理だと思うよ。特に寿司がいい。わさびも。食べたあと、すごく気分がいいんだよな」

「そうね。私も時々日本食を食べないと、調子が悪くなるわ」

「僕なんて、こっちに来たてのころ、チーズバーガーとかピザばかり食べて10キロ以上も太ったんだよ。ほら、運転って、身体動かさないでしょ。みるみる太っちゃって。鏡見て、いったい俺は、どうなっちまったんだと思ったよ」

「アジア人の身体に欧米の食事は悪いわよね」

その後、しばらく、風水の話しで盛り上がる。自分が頼っている風水師(兼占い師)は、クリントンも使っていて……と、いかに風水は人の人生を左右するかを訴える一方、自分の女性運の悪さを寂しそうに口にする。

「ぼくは、長く付き合った女性が3人いたんだけど、みんな駄目だった。最初はイタリア人、次はジューイッシュ(ユダヤ人)……。白人の女は、俺にはだめだ。やっぱり、違いすぎるよ、文化も習慣も」

「3人目は、なに人だったの?」

いいづらそうに、少し小さな声で語り始めた。

「……日本人。ヨーコっていう、ほんとにいい子だったんだ。でもさ、ある時電話がかかってきて、『両親が決めた人と結婚しなければならないから、日本に帰ることになった』っていうんだよ。俺はもう、本当に傷ついたね。信じられくて、返す言葉がなかったよ。でも、両親からのいいつけだったら、俺にはどうしようもできない。だから言ったんだ。もしも辛いことがあったら、その男とうまくいかなかったら、いつでも俺の所に戻って来いって。俺が全部面倒見てやるからって……」

なんて優しい男じゃないのよ。ヨーコ、いったい今頃どこにいるんだか。日本に帰るといいながら、マンハッタンの片隅で、他の男と一緒に暮らしていたりして。よくある話である。 運転手さんに、幸あれ!

 

●異文化の中で子供を育てるということ

ニューヨークに「ジャパンソサエティ」という組織がある。これは、日本文化をアメリカ人に広く伝えるための組織で、アメリカ人により運営されている。ミッドタウンイーストにある拠点ビルでは、定期的な日本の映画の上映、文化人を招いての講演、美術品の展示、アーティストの紹介など、さまざまな催しが行われている。

たいていの催しはアメリカ人を対象としているため、「英語」で行われるが、先日は珍しく、「日本人対象」の講演が行われた。演目は『ニューヨークで子供を育てる:異文化でのしつけ、教育』というもの。

教育の現場には興味があるし、またmuse new yorkの記事づくりに参考になるかもしれないと思い、足を運んでみた。会場には7、80人の主に「お母様方」と、ごく数名の「お父様方」が集っていた。

講演を行うのは、アメリカでスクール・サイコロジスト(心理学者)を行っている女性と、日本診療心理士の2人。両者とも女性だ。

「日本で生まれたが、親の赴任により数年間アメリカで生活する子供」「アメリカ人と日本人の間で生まれてこちらに永住する子供」「日本人とアメリカ以外の国籍の人との間で生まれた子供」など、さまざまな境遇の子供たちがここにはいる。

「アメリカでの常識が日本での非常識になる場合、いったい何を基準にしつけをすればいいのか」、「英語に加え両親それぞれの母国語を話させたいが、どうすればいいか」、さまざまな問題が山積している。

地理的な問題から、アメリカでは車なしでは生活できず、登下校も親の送り迎えが必要となるから、日本にある「道草」や、「初めてのお使い」などの概念が育たない。独立心形成のプロセスが異なるから、束の間こちらに住まなければならない子供にとっては戸惑いも多い。

たとえば、幼稚園や小学校で、子供が描いた絵をきっかけに問題が起こることが多いという。「お父さんと娘が一緒にお風呂に入っている絵」もしくは、「家族3人で川の字になって眠っている絵」。これは、アメリカではセクシャル・アビューズ(性的虐待)と見なされ警察沙汰になることも少なくない。

講師曰く、万一そのようなことが起こったら、動揺せずに「これは日本の文化だ。これは、日本人にとって、欧米人が抱擁し合ったりキスしたりするのと同じような、大切なスキンシップなのだ」と言いましょう、とのこと。

異文化の中で子供を育てる際、

1.言葉の問題

2.アイデンティティーの問題

3.しつけ、教育の問題(国の文化の違いによる)

が大きく立ちはだかり、なにより辛いのは、ご両親が自分の経験に重ね合わせて考えられないから、自信を持って子供を育てられないことに問題があるという。確かに、両親それぞれ、母国流のやりかたで育ってきていたのを、子供には新しい「価値観」を教えねばいけないわけで、混乱して当然だろう。

最も大切なのは、それが実現できるかどうかは別として、親が「このように育てたい」「このように成長してほしい」という子供の将来像を、できるだけ明確にイメージすることだという。

以前も書いたが、このような話しを聞くにつけ、教育関連の出版物などを改めて企画したいという思いが募ってくる。エンターテインメントやグルメもいいけれど、それよりもはるかに奥が深く、またやりがいのある仕事のように思えてくるのだ。

 

●アメリカ生まれのティーンエージャーをもつ日本人男性の身の上話

このあいだ、ソーホーを歩いていたら、ばったり知り合いの男性にあった。次の打ち合わせまで20分くらいしかなかったが、久しぶりだからちょっとお茶でも、ということで、カフェに入る。

彼は広告関連の仕事をする40歳代の日本人男性。仮にWさんとしておこう。かつてはミュージシャンなどをやっていて、ご夫婦ともに「派手で華やか」な世界で青春時代を送ってきた人だ。2人には17歳と16歳の2人の息子がいる。アメリカ生まれのアメリカ育ちで、数年前まではマンハッタンに暮らしていた。ところが、あるとき、2人の息子が、「俺たちは将来日本に帰りたい。だから、これから日本の学校に行きたい」と言い出したという。

結局、彼らは日本人駐在員家族が暮らす郊外に引っ越し、日本の有名私立学校のニューヨーク校に通い始めた。

「彼らには、日本に対する、漠然としたあこがれがあったんだと思う」とWさんはいう。以前、ここに紹介した、ジョージさん(仮名)と同じような心理だろう。典型的な、物語に出てくるような、ほのぼのとした日本、エキゾチックな文化。しかし、Wさんの話を聞いているとそれだけではないらしい。

「いやあ、坂田さん、自分の息子ながら本当に情けないんですけどね、奴ら、信じられないこというんですよ。息子は、ブラックミュージックなんかもやってるんだけど、アメリカで成功しようとは思わないんですよ。なんでかっていえば、日本人がどんなにがんばっても、ブラックミュージックをやって黒人のやつらには、かなわない。でも、日本に帰ったら、ちやほやされるし、有名になれると思うんだ、って。確かに言ってることはわかるけど、なんだか安易でしょ〜」

確かに息子さんの言うことも一理ある。「ニューヨーク生まれで、英語はネイティブ、見た目もいいし、音楽もそこそこいい」となれば、日本ではもてはやされそうである。

Wさんの話はつづく。実は、彼の息子が通っている有名私立校は、先日、学生がマリファナをやっていたことで、こちらの日系紙にも大きく報道されていた。Wさんも、事件の説明会に参加したという。

「坂田さん、もう、信じられないですよ。みんな三田佳子夫婦みたいなんですから。もう、過保護で過保護で、「なぜ、うちの子が???!!!」みたいな感じなんですよ。そうそう、子供たちはたいてい寮に住んでるんですけどね、うちの息子曰く、みんなむちゃくちゃお金を与えられていて、洋服もすごくたくさんもってるし、ナイキとかのシューズのコレクションやってる奴もいて、寮の部屋に置けないから、「物置レンタル」までして、そこに保管してる奴もいるんですよ。びっくりでしょ?」

びっくりだ。まるで、どこぞの国の大統領夫人みたいだ。

「それで、たまに過保護な親が寮に食品なんかを持参で来て、『**ちゃん、ひじきは身体にいいのよ、しっかり食べてちょうだいね』なんて言うと、息子は『うざって〜よ、ばばあ!』なんて、態度らしいですよ。うちの息子なんて、数年前まで日本語なんかほとんどしゃべってなかったのに、最近は、『おやじ、うるせえよ』『ざけんじゃねえよ』とか、悪い言葉を覚えてきて、ほんと、たまんないですよ」

話しはさらに続く。

「それでね、坂田さん。ほんとにお恥ずかしい話しなんだけど、うちの17歳の息子があれこれ問題起こしてたいへんだったんですよ。実はね、16歳の日本人の女の子と恋に落ちちゃって、駆け落ち騒ぎをやったんですよ。彼女は駐在員の娘だったんですけどね……」

結局、両家で家族会議をした結果、解決策は出ないまま。まもなくその娘家族が日本へ帰国となったため、Wさんの息子は彼女のあとを追って、日本に一時帰ったという。

「もう、いくら言っても聞かないから、うちの両親の家に預かってもらって。でも、数カ月日本で暮らしてみて、想像していたのとなにかすごく違ったらしくて、ついこの間、こっちに帰ってきました。彼女とも別れて。『おやじの言う通りだったよ』なんて言ってましたから、日本ではそうそう簡単にやってけないって、わかったんでしょうね」

たとえ日本人であれ、アメリカで生まれ育った人間が、日本に帰国してすんなりなじめることなど、まずあり得ないだろう。Wさんの息子も、数カ月、日本で暮らしてみて、いろいろと考えることがあったに違いない。

Wさん、仕事で3回ほど会っただけなのに、わずか20分のあいだに、濃い身の上話をしてくれた。普段接することのない世界の話しだから、とても楽しかった。子供と体当たりで悪戦苦闘してるWさんって、一見のりが軽いけれど、温かくていいお父さんなんだな、と思った。

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本日は、教育がテーマとなりました。前回の、出産関連の記事については、いつも以上に反響が多かったです。日本で仕事をしながら妊娠・出産してたいへんな経験をした方のレポートもありました。今回、ご紹介しようと思ったのですが、受信したメールのデータはニューヨークのコンピュータに入っていて、ノートブックに移し忘れてきたので、また、今度まとめてご紹介します。


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