ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー

Vol. 2 9/28/2000

 


みなさん、こんにちは。

いきなり2日連続のメールです。最初なので、ちょっと気合いが入ってます。でも、発行を「不定期」としている通り、将来的には非常に不定期な発行のメールマガジンになるかと思います。なにしろ、仕事が集中しているときや、muse new york の発行間際はやることがごまんとあるので、その間、すっぽりと数週間、音信不通になってしまうかもしれません。なので、気分が乗っているときや時間的に余裕があるときなどは、連続してお送りします。「毎日読むのはちょっとげんなり」という方は、数日おきに小出しでお読みください。特にニュース性のない記事ですので急いで読むことはありません。それでは!

 

★演歌的。

なにが面白くないって、アメリカのテレビで観るオリンピック。だって、アメリカ人が活躍している競技ばかりが映し出されるんだもん。日本のテレビでは、日本選手が活躍しているシーンが流されるのだから、仕方のないことだが……。

読売新聞の衛星版やインターネットでのニュースで、日本勢の様子は伝わるけれど、例えばマラソンの高橋選手がゴールするシーンなどは観たかったな、と思う。それにしても、なぜ、日本のメディアでのオリンピック報道は、演歌的なのだろう。「亡くなった母のために」とか「ガンで去った父のために」とか、そういうお涙ちょうだい的な記事が本当に多い。またか……と思いつつも、記事をじっくり読んでは目頭を熱くする私も私だが。少なくともアメリカの新聞は、身内の悲話で記事を埋めたりはしない。

「悲願の金メダル」とよく形容されるけど、「悲願」という言葉自体からして、もう重たい。広辞苑には「悲壮な願い。ぜひとも達成しようと心から念じている願望」とある。なぜ「悲壮」なのか。言葉とは、本当にその国その国の文化や土壌、精神構造と深く結びついて成り立っているのだなと、つくづく思う。

 

★ニューヨークの光と影

12月の上旬、ちょうどマンハッタンの街中が、クリスマスのイルミネーションに彩られ始める頃、福岡に住む母と妹がマンハッタンに遊びに来ることになった。日本からのツアーを利用するか、それとも航空券だけ日本で手配して、ホテルはこちらで予約するか検討することになった。いくつかのホテルを当たってみたのだが、とにかくどこもここも高い!

数年前は1泊150ドル程度で泊まれたうちの近所のホリデイ・インですら、12月はハイシーズンだからと300ドル以上。ちょっと洒落た4つ星クラス以上のホテルは500ドル前後。余りの高さに驚いてしまう。もちろん、不動産の物価もここ数年急上昇の一途をたどるばかり。4、5年前は、場所にもよるけれど、Studio(1Room)が1000ドル前後、1Bed Room(2Rooms)が1500〜2000ドル前後、2Bed Room(3Rooms)が2500〜3000ドル前後、という感じだったが、いまやすべてが2倍の相場である。当然ながら、多くの人たちがマンハッタンを離れ、クイーンズ、ブルックリンなどニューヨークシティの他区やお隣のニュージャージー州への転居を余儀なくされている。

ジュリアーニという気合いの入った市長の力で、マンハッタンはここ数年、とても治安がよくなった。安全だということで観光客は増加する一方。しかも好景気の傾向が衰える気配はない。だから、ホテルやレント(家賃)が高くなるのはやむを得ないのかもしれない。

ところで、日本人の多くは、ニューヨークの好景気を、かつての日本での「バブル景気」に例えるけれど、日本とこちらとでは、比較すべき基準というか尺度が全く違う。アメリカでは、限られた数の富裕層やビジネスの成功者たちが、信じがたいほどの収入を得ている。そのお金、いったいどうやって使うの? というくらいに。その一方で、世界のあちこちから流れ着いてきた無数の<極めて貧乏な>移民たちがごまんといるのだ。本当にごまんと。かつての日本<国民の大半が、ある一定の水準を保ちながら恵まれた暮らしをしていた>とは、まったく構造が違うのである。日本は不景気だと言われて久しいけれど、例えば五番街のブランドショップの売り上げを支えているのは、未だ日本人なのである。

さて、今日は朝から雨。久々にフェイシャルの予約を入れていたので、10時にオフィスを出る。なんというか、自営業の気軽さである。イーストサイドの58ストリートにある行きつけのサロン、SHIZUKA new york(www.shizuka-newyork.com)には、普段は歩いていくのだが、雨がひどかったのでイエローキャブを拾った。マンハッタンを横切るストリートはいつもに増して渋滞。あたりの風景はなかなか変わらない。

退屈だったのでドライバーに話しかけた。

--雨の日はお客さんが多いから忙しいでしょ?

「いや、渋滞だからメーターがなかなか上がらないし、だめだよ。一番効率がいいのは、よりたくさんのお客を絶やさずに乗せることなんだ」

--ふーん。ところであなたはどこから来たの?

「エチオピアから。知ってる? アフリカにある国だよ。妻と子供と一緒に来たんだ。3年前にね。この3年間、ずっとタクシードライバーをやってるけど、もう、うんざりしてきてるんだ」

--どうして? 忙しいから?

「それもあるけど、ひどい客が多いんだよ。こんなに交通量の多い道路で、あれこれとルートを指示するうるさい客がいたり、小銭がないからってデリ(食料品などを販売するコンビニエンスストア的な店、デリカテッセンの略称)で両替してくるふりして逃げたりね。それに渋滞が激しいし、みんなの運転は荒いし、通行人は平気で道路を横切るし……」

--ふーん、たいへんなのね。一日に何時間くらい働くの?

「少なくとも8時間、多いときは12時間くらいかな。夜は道路が込まないから稼ぎ時なんだけど、僕は家族がいるから、夜は運転しない」

--へえー、夜は家族と一緒に過ごしてるんだ。

「それもあるけど、夜の運転は本当に危ないんだよ。特にクラブとかバーの近くで拾ったお客。ドラッグやってるやつらも多くてね。10人も殺されたよ、ドライバー仲間が」

--えっ、10人って、いつ?

「今年に入ってから。2000年になってから10人だよ。ハーレムとかブロンクス、ブルックリンあたりで下ろしたお客に、売上金を恐喝された挙げ句に殺さたドライバーも多いんだ。みんな異国から来て、がんばって働いてたのに……。彼らには妻や子供たちもいるんだよ。本当に気の毒だよ……。だから、僕は夜、絶対に運転しないんだ」

表面は華やかで、安全そうに見えている昨今のニューヨーク。10人という数字は、以前に比べれば少ないのかもしれない。だけど、やはり、ここはニューヨークなのだ、と再認識したひとときだった。


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