坂田マルハン美穂のDC&NYライフ・エッセイ
Vol. 100 8/22/2003
現代、都市生活を営み、情報化社会に身を置く人間が 「ああ、時間の流れって、なんて遅いんだろう……」 と感慨に浸ることはまずないと思われる。 「時間の流れというのは、なんと早いことか」 というのがおおよその人々の意見の一致することであり、だから根本的に、時間とは「早く流れる」ものなのである。 従って、いちいち気ぜわしく「うわっ、時間がない」とか「もう、間に合わない!」とか、「ああ、あっと言う間に1週間が過ぎた」とか、「おーっと、あれからもう2年だよ」なんてことは、極力、考えまい、口にしまい、と思ってきた。 思ってきたけど、このところ、時間の流れがより一層早く感じられるのはどういうことか。あんなに心を砕いたインド一家の襲来も、遠い昔のことのように思えるし、すでに懐かしんでさえいるほどだ。まだ彼らが帰ってから1カ月半しかたっていないのに。 あれ、ここまで書いて気づいたけど、これは逆? ついこの間のことが遠いことに思えるというのは、時間の流れが遅いと言うこと? あれ、訳がわからなくなってきた。 さて、日本はお盆休みも開け、残暑の今日であろうかと思いますが、みなさまいかがお過ごしですか? わたしは前回のメールマガジンを発行して直後より、『muse DC』の制作に集中し、その後、久しぶりにニューヨークへ3泊4日で出かけるなど、どたばたしていました。なにしろ、前回も書きましたが、いよいよ来週の月曜日、25日よりフルタイムで学生生活が始まりますから、その前にやるべきことを片づけている、というところです。 ところでヨガは相変わらず、毎朝欠かさず1時間、やっています。こんなに毎日続くものとはわたしもA男も予想しておらず、正直なところ驚いています。確かに朝早く起きてヨガをやるのは面倒くさいけれど、しかし、心が「今日はさぼろう」と訴えても、身体が「やらねばだめだ」と押し切るのです。不思議なものです。
●久々のニューヨーク。久々の印刷工場で、ちょっとおセンチ。 今回のニューヨークは、仕事と遊びの半分半分だった。『muse DC』4号の印刷チェック、ニューヨークから撤退する会社からの業務引継の打ち合わせ、クライアントのフライヤー制作の打ち合わせ、などなど。 『muse DC』はこの4号より2色刷にするため、久しぶりに、例のクイーンズにある「中国系印刷所」へ立ち会いに出かけることにしたのだ。1年半ぶりに、Rトレインに揺られてクイーンズへ行く。 こうしてここを歩いていると、まるで自分がまだ、マンハッタンで仕事をしているような錯覚に陥る。しかし、途中のショッピングモールに新しいスターバックス・カフェができていたり、印刷工場の壁に大きな落書きが描かれているなど、随所に時間の経過を感じさせるものがあった。 しかし、工場に一歩足を踏み入れるや、1年半前、いや、この工場を初めて訪れた6年前から少しも変わらない光景が広がっている。薄暗い作業場で、製版をしているおじさんとお姉さん。 お姉さんは「まあ、久しぶり!」というような表情で、「グッドモーニング! ミホ!」と声をかけてくれる。 奧の大工場からはタブロイド誌を刷る耳慣れた輪転機の音がする。そして、いつもの古い木のドアを開けると、タバコをくわえたカラー印刷のおじさんと、首に手ぬぐいを巻いたモノクロ印刷のお兄さんが、それぞれの機械の前で、黙々と、作業をしている。 1年半も来ていないのに、つい1カ月前に会ったかのような気軽さで、彼らは挨拶をする。 古びたカセットデッキからは、輪転機の騒音を縫って、聞き慣れたメロディーが聞こえる。「子連れ狼」のテーマ曲の中国語版だ。思わず脱力。笑いが込み上げてくる。 相変わらず英語ができないモノクロ印刷のお兄さんと、身振り手振りで印刷の具合を確認し合う。工場の一画で待機するわたしに、彼はいつものように、扇風機の方向をわたしに合わせてくれ、風が届くよう、気を遣ってくれる。 こうして、何年も変わらずに、一生懸命働いている人を眺めながら、なんだかわたしは、胸が熱くなる。 結婚して、時間に余裕ができて、昔以上に、自分の好きなことができるようになったにもかかわらず、どうしても、「変わり続けたい」「前進し続けたい」という気持ちが強く、それが強すぎて、足許にある心地よさを踏みつけにしてしまいがちな自分。 印刷の確認を終えたあと、例のマネージャー、仮にジェームズが働いている作業場へ向かう。相変わらず、腰に革のサポーターを巻き付けた(腰を痛めているのだろう)ジェームズが、黙々と、紙を裁断している。 彼とは、仕事のことで、何度となくもめたはずなのに、ミューズ・パブリッシングのニューヨーク時代を思うとき、彼のことは、強い親近感を以て心に浮かんでくる。 彼は、彼の伯母が経営するこの工場のマネージャーで、デスクワークも一切任されているが、同時に工場での作業も人一倍、一生懸命やっている。 たまに工場を訪れるわたしでも、彼の仕事に対する真摯な姿勢は伝わってくる。だから、たとえ仕事上でトラブルがあったにせよ、彼には敬意を感じるし、共感を覚える。 どんな仕事であれ、一生懸命、汗を流してがんばる人の姿は、いいものだなあと、久しぶりのせいか、いちいち感慨に浸る。 久しぶりに会った私たちは握手など交わし、わたしは記念に『街の灯』を贈呈する。 「読めないと思うけど、まあ、漢字はわかるでしょ。雰囲気だけでもつかんでよ」と本を渡すと、 「わお! すごいじゃん、ミホ! サイン書いてよ!」と、喜んでくれた。 工場からの帰り道、地下鉄に揺られながら、時間の流れとか、自分の仕事とか、他人と自分との関わりとか、自分と都市との関係性とか、そういうことをとめどもなく考えた。 慌ただしいはずのニューヨークにいて、わたしの心はむしろ、いつもより鎮まっているかのようだった。
●食事は大切な「会合」の時間。今回も楽しい時間をたっぷり過ごす。 ■初日の夜。フォトジャーナリストのM美さんと、コリアタウンの豆腐専門店「Cho Dang Gol (55W. 35th St.)」にて久しぶりに対面。この店はジャニーズ系(?)のキュートなウエイターたちがいて、とても親切。でも、この店の欠点は、コリアンと他国の人とでは、食べ物の「出し方」が微妙に違うところ。 わたしたちは豆腐料理とキノコの石焼きビビンパを頼んだのだが、普通、豆腐料理にも「石釜入りの白飯」がついてくる。なのに、石焼きビビンパがあるから石釜入りの白飯はいらないだろうと判断したのか、持ってこない。 食欲旺盛な我らが催促すると、(えっ? これ以上ご飯、食べるの?)という顔で石釜を持ってきた。そして卓上で小さな茶碗(日本サイズ)にご飯をついだあと、石釜を下げてしまった。 コリアン客には、その石釜にお茶を入れて、お茶漬け状にして最後にサーブするのに、他国人にはしないのだ。それはコリアンの「家庭的な食べ方すぎる」と判断してるのかもしれないけど。わたしたちはそれも食べたいのよ〜! しかし、石釜を取り返すタイミングを逸する。まあ、食べ過ぎなくて、よかったといえばよかった。 M美さんは、わたしを凌ぐ声の大きさで威勢がよい。二人、息つく間もなく、語る。彼女と話すときは「日本の出版業界」への不満が噴出することが多い。「やっぱり、アメリカで勝負しなきゃ」と、二人、息巻く。食事の後もカフェで語る。 人にヨガを勧めまくっている昨今のわたしは、彼女にもすかさず力説。すると、 「わたし、ヨガのDVD持ってるのよ。全然やってないけど」とのこと。 この台詞、すでに何人から聞いたろう。ヨガのビデオやDVD、つい買ってしまう人は少なくないとみた。
■翌日のランチは「かつ濱(11E. 47th St.)」でMちゃんと。Mちゃんはすっかりダンス&女優の仕事をやめ、フィアンセ(アーティスト)と共にTシャツ販売の仕事を始めている。日本のブティックにも卸し始めているのだとか。 久しぶりに大振りの「ロースカツ」を食べる。ほんとは、「ズワイガニのカニクリームコロッケ」とか、「チキンカツカレー」とか、「エビフライ定食」にもひかれたのだが、悩んだ末の「ロースカツ」。一切れも残さず、満腹! おいしかった。 ランチのあとは、グランドセントラル駅のカフェへ向かい、カプチーノを飲みつつ更に語る。ダンスをして膝を痛めた彼女にも、ヨガを勧める。最早わたしは、ヨガの伝道師。
■Mちゃんと別れた直後、ニューヨーク郊外のホワイトプレーンズから出てきてくれたR子とハイアットホテルのバーでお茶。 チェックの鋭い彼女から「坂田さん、肌がきれいになったんじゃない?」と指摘される。ふふふ。サンルームみたいに太陽光が降り注ぐ明るいバー(ラウンジ)だから、肌の具合がしっかりチェックできたのだ。 そう。自分でも、気のせいかな、と思っていたのだが、ヨガをはじめて、肌の調子がいいのだ。化粧品は変えてないから、思い当たるとすればヨガしかない。 自称「ミホのクオリティーコントロール(品質管理)担当者」であるA男も、最近「肌がきれいになった」というから、それはヨガをやらせようという励まし心かしら、と思っていたのだけれど、本当に、きめが細かくなってきた感じ。ふふふ。 彼女とも、2時間以上、あれこれと話をして、別れる。
■夕食は、毎度おなじみ、日本料理レストラン「Seo(249E. 49th St.)」へ。澄子さんと待ち合わせ。最近、ちょっと調子が悪いと言っていたので心配していたけれど、見る限りは元気そうで安心した。 だいたい、この妙な天気で埃っぽいニューヨーク、特にミッドタウン周辺に毎日通っていたら、病気じゃなくても、具合が悪くなりそうだ。彼女は本当に、よく通勤していると驚かされる。 きついときは、無理せず休めるといいのだけれど……。いろいろな事情があるだろうけれど、でも、今は数日でも、休みをとった方がいいよ、と力説する。 本来大酒飲みな彼女は、日本酒の瓶が並ぶカウンター席はある意味、「拷問」のようではあったが、クランベリージュースなどかわいいドリンクでお茶を濁していた。 彼女のお誕生日プレゼント(誕生日は先月だったのだけど)に、クリスタルの手作りネックレスとブレスレットをプレゼントする。クリスタルのパワーで、身体に力が付きますように!
■3日目の夜は静さんとアッパーイーストの「Rosa Mexicana(1063 First Ave./ 58th St.)へ。ここは、アッパーウエストサイドにあるわたしとA男お気に入りのメキシカンの本店だ。 静さんの経営するSHIZUKA new yorkは、今年、「NEW YORK MAGAZINE」のBEST OF NEW YORK特集のフェイシャルの部門に選ばれた。日本の雑誌ではなく、ニューヨークの雑誌にこうしてとりあげられるということは、本当に、すごいことなのだ。 紹介されて以来、ビジネスが、より波に乗っているようで、忙しそうながらも、とても元気そうだった。彼女があれこれとたいへんだった時期を知っているだけに、本当によかったと思う。 夕食のあと、カラオケへ。静さんとカラオケに行くのは初めて。彼女の選曲は、やたらと「未練たっぷりのすがる女」系のものばかり。 「自分の性格とは、全然違う歌ばっかり歌うんだよね〜」とか言いながら、やったら色っぽく、銀座のママ状態だった。 一方のわたしは歌うときは必ず「起立」し、腹の底から声を出す「合唱団」系。二人で1時間半ほど歌い、深夜、ホテルに戻る。濃密な一日だった。
●危機一髪で停電を逃れ、DCへ帰宅。友人らも大変だったようだ。 最終日、ホテルをチェックアウトしたあと、荷物をホテルに預けて外出。日本の食料品店で買ったおにぎりやサンドイッチやあんぱんを持って、ブライアントパークでブランチ。本当は、午後、ミッドタウンのビーズ屋巡りをしたあと、3時か4時のアムトラックで帰る予定だったのだが、なんだか朝から気分が「ロウ」で、早く帰りたくなった。 A男へのお土産に、彼の好物である源吉兆庵のカステラと、通りかかった英国シャツ専門店で大セールをやっていたので、すてきなシャツを3枚ほど購入。その後、ホテルで荷物をピックアップし、2時5分発で帰ることにする。 A男はこの日、会社のビルの電話線が全部故障中とかで、自宅で仕事をしていた。 ドアを開けて、わたしが「ただいま〜」と入るなり、 「ミホ。ニューヨークでなにしたの?! ニューヨークの電気消して、帰ってきたでしょ?」 と訳の分からないことをいう。事情を聞いて驚いた。4時すぎより大停電になっているらしい。 ニューヨークとDC間のアムトラックは基本的に1時間に1本だから、もし1本遅れていても、ニュージャージーかペンシルベニアのどこかで電車が止まっていただろうし、さらにもう1本遅れていたら、ハドソン川の底、リンカーントンネルあたりで足止めを食っていたかもしれないと思うとぞっとする。実に際どいところだった。 この停電に関するニュースは日本でも相当流れているようだから詳細は記さないが、非常に奇異な出来事だったと思う。 後に聞いたところによれば、友人らの多くは自宅まで歩いて帰ったようだ。マンハッタン在住の人はまだいいとして、M美さんはミッドタウンからルーズベルトアイランドまで、体調が悪いにも関わらず、澄子さんはやはりミッドタウンからクイーンズボローブリッジを渡りきったところまで、歩いたという。もう、聞いているだけで、胃が痛くなった。 それにしても、米国のインフラのレベルの低さには、ほとほと呆れる。なんだかギャグみたいな国だとさえ思える。
★今更ですが、インド結婚式の写真をホームページに整理しました。 本当に今更だが、2年前の結婚式の写真を、日記と共にホームページにアップロードした。いつかやろう、いつかやろうと思いつつはや2年。このままではあっと言う間に5年10年、過ぎてしまいそうだったので、結婚2周年を機に、気合いを入れてまとめた。 去年、「モンスーン・ウエディング」というインド映画が公開されたが、われわれの結婚式もまた、モンスーンの時期に行われた「モンスーン・ウエディング」であった。この映画を観た人は、より一層、我々の結婚レポートもお楽しみいただけると思う。 単に、「個人の結婚式の写真集」にはとどまらない、異文化の人間同士が交流する様子が、つぶさに伝わってくるのではなかろうか。と思っているがどうだろう。 身内以外が見ても、多分、結構楽しめる内容だと思うので、ぜひともご覧いただきたい。 下記の「マルハン家のアルバム」に収録している。 http://www.museny.com/mihosakata/msmhome1.htm あ、それから去年、日本に帰国して『街の灯』の営業をした際の写真もついでに更新しているので、お時間のあるときにでも、どうぞ。 (8/22/2003) Copyright: Miho Sakata Malhan |