SCENE 02: ムンバイ。海を見下ろす部屋から
MUMBAI (BOMBAY), OCTOBER 25, 2004

正午に目覚め、部屋のカーテンを開ける。
通りに響く車のホーンの音が聞こえる。
街はもうすでに、騒がしい一日のただなかだ。

いい天気であるには違いないのだが、排気ガスのせいか、街全体にスモッグがかかっている。

ムンバイ市街は北から南にのびる半島。
わたしたちが滞在するTAJ PRESIDENT HOTELは、その先端部に近いコラバ地区にある。
前回宿泊したTAJ MAHAL HOTELと同じ地区だが、1キロほど南西だ。

最上階であるこの17階の部屋からは、東にハーバー・ベイ、西にアラビア海を見下ろせる。


部屋から西側を望む。二つ並んだビルはワールドトレードセンター。その下にあるのは「アーケード」というショッピングモール。でも、たいした店はほとんどない。

今回滞在しているタージ・プレジデントホテルのロビー。ビジネス関係の宿泊客が多く、日本人ビジネスマンもしばしば目にする。

界隈は住宅街なので、前回のインド門周辺に比べると物乞いも少なく、通りも比較的清潔で歩きやすい。


10月25日(月)

■今回は荷物も万全。気分よく到着し、爽やかに目覚める朝。というか昼。

夕べは、というよりも今朝、ホテルにチェックインし、荷をほどき、お風呂に入って、ベッドに入ったのは午前4時。ウェイクアップコールを正午に頼んだ。二人とも熟睡していたようで、すっきりと目覚めることができた。前回、時差ボケに苦しんだ夫が「メラトニン」の飲用を提案。これがかなり功を奏したようだ。

前回は、カメラなどが紛失して大騒ぎの初日だったが、今回はしっかりと注意を払っていたおかげで、何をなくすことなくすんだ。なくさないのが当たり前、なのだが、一度たいへんな思いをすると、「問題ない」ということは、なんてすばらしいのだろう、とさえ思う。

ルームサービスで軽い朝食をすませたあと、携帯電話を借りるためにビジネスセンターへ。他都市を巡る際、古い携帯電話では対応しないことを前回の旅で学んだため、新しい機種を依頼したところ、取り寄せるためには1時間かかるという。夕方、取りに行くことにする。

 

■近所を散策。ネットカフェやショッピングモールなど。

前回宿泊したインド門界隈に比べると、ここは観光客が少ないせいか物乞いが少ない。周辺は中流階級の人々が暮らす高層アパートメントビルが林立している。

ホテルから見える「アーケード」というショッピングモールに向かって歩いてみる。途中でインターネットカフェを発見するや、夫が入りたがる。ホテルにはワイヤレスインターネットの設備が整っているが割高なのが気に入らないらしい。

しかし、インターネット「カフェ」とは名ばかりで、ここもまた、茶の一杯も出ないどころか、はしごのような階段を上らされ、屋根裏部屋のような部屋に通される。いくらムンバイの地価が高いとはいえ、直立できない場所に客を通すとはいかがなものか。

まさに屋根裏の狭いスペースに机が4つとコンピュータが4台。それからコピーマシンもある。腰を曲げてコピーを取る店の人に向かって、

「背が高い人はここで働けないねえ!」

と言いながら、ものすごくおかしそうに笑う夫。いつまでも笑う夫。そんなにおかしいか?

そんな窮屈な場所からは一刻も早く脱出したいのに、「30分だけ」と言っておきながら最終的に1時間も居座る夫。閉所恐怖症ではないが、閉所嫌悪症につき、わたしはすぐさま退散。外で待つ。

ようやく店から出て来た夫とともに、日本の旅行ガイドブックにも出ているショッピングモール「アーケード」へ向かう。ほとんどの店が閉鎖されているのか営業時間外なのかしらないが、ともかくがらんとしていて、古ぼけていて、行く価値なしだった。

すぐさま引き返し、途中のバリスタカフェでお茶休憩。このカフェはもう、わたしのインド滞在に不可欠な「心身のオアシス」状態である。でも、トイレがない店が多いのが難点。このカフェにもなかったので、隣接するショッピングモールの公衆トイレを利用する。外出時は常にトイレットペーパー必携である。悪条件のトイレに耐えられるか否かは、インド滞在における行動範囲に大きな影響を及ぼす。

さて、カフェでしばらく、ホテルでもらった旅行者向けのシティガイドをぱらぱらとめくる。

「ミホ! タージ・マハル・ホテルに日本料理店がオープンしたみたいだよ。シェフはMorimotoっだって。アイアン・シェフ(米国では『料理の鉄人』の再放送をやっている)と同じ名前だね」

「でも、きっとすごく高いんだろうね。どんな店だか、見に行こうかな。なんて名前?」

「ワサビ」

ワ、ワサビ……。高級ホテルの高級日本食レストランの名前にしては、あんまりなネーミングではなかろうか。

夫はシティガイドで見つけた男性のシャツ専門店の広告を見て、その店に行きたいと言う。更に歩いて商店街の一画にある店へ。お洒落なのか野暮ったいのか判断しかねる、非常に際どいラインのシャツがいっぱい。なかでもできるだけ無難かついい感じのシャツを探し、何枚も試着する。が、結局気に入ったのは一着のみ。半袖シャツを購入。

そんなこんなで店を出るころにはすでに日が暮れていた。ホテルに戻る。

 

■案の定、のろのろサービス。に怒る夫。が、おいしい「ソース」に気を取り直す。

ビジネスセンターのスタッフが「あと1時間で」用意できると言った携帯電話は、結論から言うと5時間程たってようやく揃った。しかも、結論から言うと、作業が著しく不手際で、丁寧なのにとろい。態度が悪いのならば文句もいいやすいが、態度がとてもよいので、文句を言いにくく、なおさら苛立ちが募る。妙な感じである。

無論、わたしは予期していたことなので比較的平気だったが、夫が我慢できず、待たされていたラウンジで悪態をつきはじめる。

「インド人は仕事がおそい」
「インド人は変な人が多い」
「ああもう、お腹がすいたのに」

見兼ねた受付の女性がコーヒーを注文してくれるが、それもなかなか届かない。

結局、電話が1台しか準備できず、わたしたちは業を煮やしてレストランへ。コーヒーも結局届かずじまい。電話は用意でき次第、レストランへ持ってきてもらうことにした。

夕食は、ホテルのなかのタイ料理店へ。この街でもっともおいしいタイ料理が楽しめると言う店だ。インドのビール、キングフィッシャーで乾杯ののち、トムヤンクン(エビ入りの辛いスープ)や野菜の前菜、エビのソテー、チキンと野菜が入った太麺(米製)の料理などを注文する。

料理がテーブルに届き、「おいしそう!」「さあ食べよう!」「いただきます!」というところで、ビジネスセンターのとろいお兄さんが登場。タイミングさえも、悪いのね。そこで書類にサインなどをしてようやく電話がそろった。かと思いきや、まだ手続きが残っているらしい。やれやれ。

しかしタイ料理はどれもおいしく、すっかりよい気分。夫がウエイターに
「このエビのソテーはとてもおいしかった。特にソースがご飯に合って抜群だった」

と感想をのべたところ、ウエイターがソースだけをきれいな器に入れてもってきてくれた。そのサービスに感動する夫。喜んでご飯にかけて食べている。

夕食後、またしてもビジネスセンターへ行き、携帯電話の手続きの続きを行う。そんなこんなで、無事に一日が終わった。

さて、明日から夫は打ち合わせの毎日。わたしは自由行動の毎日だ。明日は何をしようか?


サイバーカフェの看板を発見。夫、入りたがる。わたしもしぶしぶ入る。犬がだらけている。

はしごのような急な階段を上らされ、屋根裏部屋に通される。確か外から見る限りは1階建て、だったような気がするのだが……。

直立できない低い天井。カレンダーは9月のままだし。そんなにニコニコしてる場合でもないし。

古びた、しかし味わい深い建物が通りのあちこちに点在している。

これは寺院のような建物。けれど中はぼろぼろで廃虚状態。

この古い建物はモダンな家具の店として生まれ変わっていた。


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