SCENE 30: 千年の海。最後の漁師。
CHENNAI (MADRAS), APRIL 28, 2004

さあ、もう今日にはここを離れ、最後の町、ニューデリーに発つ。

朝食を食べた後、夫がどうしても、双胴船(カタマラン)に乗りたいという。
わたしも付き合うことにする。

船を操るそのガイドは、隣村の漁師だった。
早朝の漁を終えた後、こうしてホテルで旅行者を乗せ、海へ案内しているという。
その船は、丸太を2本組み合わせただけの、とても原始的な作りをしていた。

「カタマランっていうのは、そもそもミャンマーから来たんだよ。ミャンマーからケララ州を経て、チェンナイに伝わってきた。カトゥはKnot(結び目)、マランはwood(木)、っていう意味なんだ」

「カタマランは、1週間もあれば作れる。そして10年から15年、使う。けれど、最近は雨が少なくて木が育たない。だから政府が木を切らせてくれなくて、新しい船が造れない」

「雨が降らないから水もない。村には数千人の村人が住んでいるけれど、漁業だけでは食べていけないから、手工芸や織物をやっているよ」

「その上、公害で魚はどんどん減っていく。おまけに大型漁船がコンピュータで魚群を探知して、魚をきれいにさらって行ってしまう」

「レッドスナッパー、ロブスター、キングプラウン、タイガープラウン……、昔はもっとたくさん穫れていたけれど、今はもう、本当に、ほんの少しさ」

「僕には娘が二人いる。長女はもうすぐ8歳で、学校が始まる。でも、学校にやれるかどうかはわからない。学費は1日50ルピー(約1ドル)、かかるんだよ。それが払えるかどうか」

「この村は、1000年前からずっと、漁をやって来た。僕の親父も、祖父も、そのまた祖父も、みんな漁師だった。みんなここで生まれて、ここで死ぬ。それが1000年続いてきたんだ」

「ほら、あそこに浮かんでる船が見えるだろ。あれは僕の親父だよ」

「でもね。もう、双胴船に乗るのも、漁をやるのも、僕で最後だ。誰も僕らを継げないし、これから先、村がどうなるかもわからない……。僕が最後の、漁師なんだ」

わたしがあれこれと尋ねたせいだろうか。彼は海の上で、語り続けた。

海は静かで、砂浜も静かで、海辺のホテルへ魚を売りに行く少年たちが、のんびりと行き来する姿だけが、見えた。


朝の海に浮かぶ双胴船。たとえば50年後。もうこの海であの船を、見ることはないのだろうか。

隣村の漁師が釣ったばかりの魚。海辺のテラスで、最後の昼餐。

そしてホテルを去り、夫のビジネスミーティングに随行し、待合室で待機。その後、飛行機で一路ニューデリーへ。

 


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