SCENE 25: この街のことなら、何でも俺に聞いておくれ。
BANGALORE, APRIL 24, 2004

今日は土曜日。明日はバンガロールを去る日だ。
夫は今日、丸一日の休みをとった。午前中は、ホテルのとなりにあるスパでマッサージ。
そのあと、街へ出かけることにした。
「ラルがいればいいのにね……」と言いながらスパを出る。
ホテルの前に、オートリクショーはない。
「きっと、他の人を乗せて走ってるんだ。タクシーで行こう」
そう言いながらホテルの入り口に向かって歩こうとしたら、向こうからオートリクショーが。
ドライバーがこちらに向かって手を振っている。ラルだ!
どうやらわたしは、彼とご縁があるらしい。

特に用事はないけれど、街で軽く、ランチを食べるつもりだった。
「おいしいドサの店があるけれど、案内しましょうか?」
ラルが言う。お任せした。
その店は、大勢の人々で込み合う賑やかな食堂。
テーブルに運ばれる料理も、なんだかとても魅惑的。
食事はとてもおいしくて、非常に満足。
「今夜はスジャータに招かれているから、食べ過ぎないようにしないとね」
そう言いながらもデザートまで食べてしまう。


4月24日(土)

■夫もお休みで、スパへ行く。日本語を話すインド人女性に遭遇

インドへ来てからと言うもの、ムンバイで1日休んだとはいえ、連日ミーティングを重ねている夫。かなり疲れがたまっている様子。休みの今日はマッサージに行きたいという。

昨日のスパは「女性専用」なので、ホテルの隣にあるスパ(ビューティーサロン)に行ってみることにする。ここもまたマッサージ(スリミングマッサージもある)、フェイシャル、マニキュア・ペディキュアにヘアカットと、さまざまな美容サービスを提供しているが、昨日のサロンに比べると大規模でスタッフも多い。

わたしは昨日フェイシャルをすませていたし、マッサージもその前々日にやってもらっていたのだが、ただ夫を待っているのもなんなので、マニキュアとペディキュアをしてもらうことにした。

3人のスタッフが両手、足、と同時に、しかし極めてゆっくりと手際悪く、作業をする。本当に呆れるほど手際が悪くて呆れる。呆れていると、背後から

「日本人の方ですか?」

と、日本語が聞こえる。へっ? と思って振り返るとそこには若いインド人女性が立っていた。わたしが日本人と知るや、「まあ、こんなところにお一人で? 珍しいですね!!」と、いきなり世間話を始める。

美しくも饒舌な彼女。彼女の夫は日本人なのだとか。彼はそもそもIT企業に勤めていて、かつてバンガロールに赴任したときに彼女と出会ったのだという。二人は結婚して日本に移り、東京の足立区綾瀬に4年間住んでいた。彼女だけ一足先に数カ月前、インドに戻って来、夫も来月にはこちらに来るのだという。そしてしばらくインドで暮らすのだという。

日本ではテレビを観ながら日本語の勉強をしました。日本の料理学校にも通いましたよ、味噌汁はもちろん、日本食はなんでも作れます。子供は2人いて日本的な名前を付けました。わたしは27歳だけれどあなたはおいくつですか? ご主人は何をしているんですか? 子供はいるんですか? どうして産まないのですか? 産んだほうがいいですよ。わたしはここでスリミングマッサージをしてもらって少し痩せました……

と、ひとしきりしゃべっていった。サロンの人が「時間ですよ」と何度も言っているのに、とめどなかった。延々としゃべっていた。そのあと、マッサージを終えた我が夫ともしゃべっていた。

アルヴィンドの身内、親戚、知人関係で、あのような話し方をするインド人が一人もいなかったので、驚いたけれど、あのノリは、果たしてインド的なのか。それとも彼女が特別? 

 

■またしても!! ラルの車で街を走る

そして今日もまた、ラルに会った。彼の運転で、ちらりと街にでることにする。彼と世間話をしながら街を行く。彼には3人の子供がいるらしい。世間話をしながら、夫も彼の反応のよさ、知的さに感嘆している。

さて、ラルが勧めてくれた食堂は、地元でも人気の店らしく、非常に込み合っていた。たくさんのテーブルがあるのだが、たまたまわたしたちのテーブルには店主らしき恰幅のいいおじさんが注文を取りに来た。そうして、いくつかのお勧め料理を教えてくれる。

中でも、ミルクでできた練り菓子を「食前に」食べることを勧められる。食前に? と思いつつも、そういうときは、従うべし。その怪しげなねっとりとした菓子をスプーンですくって口にいれると……うむ! おいしい! キャラメルみたいな味の、やさしげなミルク風味。ほのかに温かいのもまたいい。あっと言う間に食べてしまう。

その様子をみた店主、「どうだい、おいしいだろう」と得意気に。

あれこれとスナック菓子風の料理をオーダーし、スパイスを付けながら食べる。どれもできたてアツアツでおいしかった。最後にもう一皿、デザートを頼んで食べる。夕食は食べられるのだろうか。

Samrat Restaurant
44 Race Course Road, Bangalore (In Hotel Chalukya Premises)/ Phone 2262287

店を出た我々。将来、移住する場合のことを考えて、不動産予備知識を入れるため、不動産店に行ってみようか、ということになる。いくらラルでも、不動産店までは知らないだろう。と思いつつ尋ねると、

「僕の親しい友人が、不動産業をやっている。彼は誠意があるし、いい物件をたくさん知っている。けれど今日は土曜で休みだから、他のところに連れていくよ。でも、もしも本当に家を買いたいと思ったら、連絡してくれ」

彼が連れていってくれた不動産店で、しばらくエリアや物件情報などの傾向を聞く。非常に参考になった。

店を出て、ホテルに戻る途中も、ラルは言う。家を買うときは、僕に言ってくれ、と。

「じゃあ、念のために電話番号を教えて」

「……僕は電話がないんだよ。貧しいからね」

ってことは、ウィンザー・シェラトンホテルの前で彼を見つけるしかないというわけだ。

「つうと言えばかあ」の、切れ味のいいラル。

もしもバンガロールに移ることになったら、ああいう人に家のドライバーになって欲しいとさえ思う。まるでニューデリーのマルハン家を支えるカトちゃん(ティージビール)みたいに。

彼と、また会うことがあるのだろうか。

 

■スジャータ&ラグバンの家で夕食

夕暮れ時。スジャータたちの家に行く。ラルはもう、ホテルの前にはいなかった。通りへ出て、他のオートリクショーを拾う。

わずか10分ほどの道のりなのに、メーターは15ルピーを示していた。ということは、1時間で10ルピーを提示したラルは、あまりにも安すぎる。多分コミッションをもらっているにしても、もっとチップをはずめばよかったね、と、夫と二人、思い返す。

スジャータの家から、通りにまでおいしそうな匂いが漂っている。ラム肉のグリルや豆の煮込み、野菜のカレーなどを作ってくれていた。やがてラグバンもロンドンから帰国。スーツケースからはお菓子や調味料など、インドでは手に入らない食品がたっぷりと出てきた。

ラグバンの弟もやってきて、みなでワインをあけ、賑やかなディナー。

夫がラルのことを話すと、みな不思議がっていた。そんなドライバーの話は聞いたことがないと。しかも1時間10ルピーだなんて考えられないと。

さて。いよいよバンガロールともお別れ。明日は初めて訪れる街、チェンナイ(マドラス)だ。かなり蒸し暑い場所らしい。過ごしやすいバンガロールを離れるのは残念だけれど、新しい街へ行くというのは、楽しみだ。

朝からしっかり、ドサを焼いてもらう夫。インドに来るたび、体重を増やす夫婦。

ホテルに隣接しているスパ。日本のヘアケアプロダクツ(無名)の広告が貼られていた。日本語で。

ラルお勧めの食堂にて。現地価格につき、格安かつおいしい。1ドルは45ルピー程度。

色々な種類のスナックをオーダーし、ついついお腹一杯に……

これが怪しげな見た目の、しかし美味なる「ミルク練り菓子」

夜はIIS(インド科学技術大学)内に住むスジャータたちの家へ。これは大学の建物。


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