SCENE 22: 謎の男、ラル。
BANGALORE, APRIL 22, 2004

今日は街に出かけよう。そしてローカル・マーケットとコマーシャル・ストリートに行こう。
「ローカル・マーケットに行きたいので、場所を教えてもらえませんか」
ホテルのコンシェルジュに尋ねたら、彼は丁寧に答えた。
「マダム。あなたは、市場には行けません」
「どうして? どうして行けないの?」
「なぜなら、市場は埃っぽくて汚いからです。あなたには、行けません」
「埃っぽくても汚くても大丈夫。だからシティマップに印を付けてくれませんか?」
「マダム。市場はおすすめしません。わたしですら、行かないんですよ」

よほど、行かせたくないらしい。しかも、地図がうまく読めないらしい。
もういい。ホテルの外に出る。
「マダム。タクシーですか?」
「いいえ、結構です」
ホテルの外に出る。少し歩いたところで、数台のオートリクショーが止まっている。そのうちのひとりが近づいてきた。

「マダム。街へ行くんですか? 1時間10ルピーでお乗せしますよ」
1時間10ルピー? それって20セント(20円)くらいよね。いくらインドだからって安すぎない? 安ければ安いで、なんだか気味が悪い。
「ほんとうに、10ルピー? 100ルピーじゃないの?」
すると彼は10ルピー札を取り出して、1時間で10ルピーだと主張する。困惑しているわたしを見た他のドライバー仲間が「彼は信用できる男だよ」と言う。見知らぬあなたに信用できる男だと太鼓判を押されてもねえ。より怪しいというものだ。と思うが、彼の誠実そうな雰囲気を信じて、今日の「専属ドライバー」になってもらうことにした。

「あなた、シティバンクの場所は知ってる?」
「もちろん!」
「まずはそこに連れていってくれる? それから市場に行きたいんだけど……」
「じゃあ、この近くの比較的きれいな市場に連れていってあげますよ」

彼はオートリクショーのエンジンをかけ、メーターを倒さずに走り始めた。真新しい車は、きれいに手入れされていて、乗り心地も悪くない。街に近づくにつれ埃っぽい風が舞い込んでくるが、それもまた旅の風情。

「ぼくの名前はラルです」

車内に貼った「LAL」というステッカーを指し示しながら、彼は言った。


4月22日(木)

■ラルに連れられて、バンガロールを走る

ラルは英語を話せる。一般のドライバーは現地語のみが普通で、英語はほとんどできない。しかしラルは、会話がきちんとできる。海外からの旅行者をたくさん乗せてきたようだ。お客からもらった名刺がたっぷり入ったホルダーを見せてくれる。

世界各地の、貿易会社や銀行や、さまざまな会社の、さまざまな肩書きが並ぶ。こういう人たちもオートリクショーに乗るのか……。タクシーやリムジンばかりでの移動に飽き足らない人たちも多いということだろう。

自分は生まれも育ちもこの街で、この街のことなら何でも知っていると彼は言う。彼は何かの宗教に帰依しているらしく、その教祖らしき夫妻のステッカーと名前もまた、車内に貼られている。

「彼らのお陰で、ぼくはこの車を手に入れることができたんですよ。車を大切に乗って、いい仕事をすることが、僕の生きる道なんです」

ラルは速やかな運転で、最短距離でシティバンクに連れていってくれた。銀行で現金をおろして、再びオートリクショーに乗る。かなり大きな交差点なのに信号がなくて、車が互いにぶつかりそうになりながら、ホーンをパンパン鳴らし合いながら走り抜けていく。

ローカルのマーケットに連れていってくれた彼。ハンカチを持っているわたしに、
「それで鼻をふさいでおいたほうがいいですよ」と言う。
しかし、生ものを売っているわけでもなく、嗅覚の鋭いわたしだけれど、別段匂いがいやだとは思わない。

ムンバイとは異なる風情の、しかしここもまた活気に満ちた楽しい市場。左右に野菜が積み上げられた通路を、きょろきょろしながら歩く。

市場のあとは、コマーシャル・ストリートへ連れていってもらう。ここは前回来たときに、インド家族と訪れた商店街。ここで買った寝間着が着心地がよく、今日は追加購入をしようと思う。

数着の部屋着と寝間着を購入し、丈の長さを調整してもらう。最初は極めて長く作られているので、身長に合わせて切ってもらうのだ。仕立ててもらっている間、他の店をうろうろとして、それから、仕上がりを引き取って、ラルとの待ち合わせの場所に行く。

ホテルの外観。繁華街から離れた緑の多い場所にあり、周辺もかなり静か。

商店街、コマーシャル・ストリート。週末は賑わっているけれど平日の昼間のせいか、静かだった

 

コマーシャル・ストリートにある「ご婦人向け部屋着&寝間着専門店」。ここで数枚を調達。


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