SCENE 03: この街では、あまり牛を見ない
MUMBAI (BOMBAY), APRIL 16, 2004

今日もまた、街を歩く。朝の大通りは、通勤の人々が足早に過ぎていく。そんな人の波に揉まれるように、わたしもまた、歩く。路傍に、流れをせき止める巨大な石。いや、牛。そして、その傍らには、やせ細った老婆。

「この街では、あまり牛を見ませんね」夕べ、親戚のおじさんにそう言ったら、

「ムンバイは、人が多いし、レント(家賃)は高いしで、牛もおちおち、暮らしていられないんだよ」と、笑いながら答えた。


屋上の椅子に座り、静かに海を眺める老女の姿が見える。わたしがヨガをはじめる前からそこにいて、終わった後にも、そこにいた。次の日も、また次の日も、彼女はそこにいた。あとで気づいたのだが、この建物は病院だった。

ムンバイの町中にて。イギリスからの「お下がり」とおぼしき、ダブルデッカー(2階建てバス)。道路を舗装する建設現場には、サリー姿の女性たち。ゆっくりと石をかき集め、ゆっくりと頭に載せ、ゆっくりと歩きながら、石を移動させる。

道を渡ろうにも渡れない、ここもまた派手な工事現場。蒸し暑さと埃っぽさに辟易し、これより先に行くことはもう諦める。

「パン・パーン」「プッ・プー」
町はホーンの音に包まれているけれど、我、関せずとばかり。のんびりと二輪車を引きながら、押しながら、通りを横切る二人。

舗道のどまんなかに、いかにもグタ〜ッとした感じで寝そべる犬。暑いせいだろうか。いや、日本の夏だって、かなり蒸し暑いけれど、こんな風にいかにもだらしなく寝そべる犬は、見ないような気がするが……。

埃っぽさと蒸し暑さで、しみじみ建物を眺めながら歩く気分にはなかなかならないけれど、注意を払って見てみると、凝った意匠の建築物が至るところに建っている。


4月16日(金)

■眠れぬ夜。けだるい朝。蒸し暑い……。

時差ボケが襲いかかってきたのか、夕べ11時ごろにベッドに入った我々は、午前2時ごろ、ぱっちりと目が覚めた。特に予定のないわたしはまだしも、朝から打ち合わせが入っている夫はしっかり寝ておくに越したことはない。しかし、どうにもこうにも、眠れない。

仕方なく、二人で他愛のないことをしゃべったり、束の間まどろんだり、ミニバーからアルコールを取りだして煽ってみたり、あれこれとやってみるが、熟睡できぬまま、暁を迎える。

尖った神経を鎮めようと、やはり軽くヨガをやり、バスタブに身体を沈めてリラックス。しかし、これで一日、しっかりと覚醒していられるだろうか?

ニューデリーにせよ、ムンバイにせよ、一年のうちで5月あたりが最も暑い時期だ。無論、ニューデリーのあたりは7月以降がモンスーンの時期になり湿度が上がるから、不快指数は高いと思われる。

で、ムンバイであるが、今日も今日とて、蒸し暑い。眺めのいいプールサイドで朝食を、と一瞬思うが、思い直して冷房の効いたダイニングへ。こういうとき食べ過ぎてはよくないだろうと、フルーツやヨーグルトで軽くすませる。

 

■物売り、物乞い……。そして、米乞う人々。

朝食を終えた後、まだ日差しが強くならないうちに外へ出ようと思う。

帽子を被り、ホテルから出た途端、昨日と同じように、「物売り」と「物乞い」が次々に現れる。舗道にしゃがんで、花輪を作る母子のグループがある。ジャスミンの、いい香りが漂う。汚れた顔をした裸足の少年が、その白いジャスミンの腕輪をほぼ強引に、わたしの手首に巻き付けようとする。

とてもいい香りがするから、じゃあこれは、買いましょう。

「これはいくら?」
しかし少年は首を振る。
「ライス・プリーズ」
「ライスは持っていないのよ。お金を払うから。いくら?」
「ライス・プリーズ」

彼の母親らしき女性に目配せをするが、彼女はなにも答えない。他の子供たちもわたしを取り囲む。いったいなんなのだ? なぜ、お金じゃだめなの? 米なんか、持ち歩いているわけがないじゃない!

彼がしっかりと結びつけた腕輪は、片手では、もうはずせない。わたしは数ルピーのコインを、困惑する少年の手のひらにのせ、握らせて、去った。

 

■猿を連れた女。"We are not allowed."

少し先まで歩こうと思ったが、工事現場の煤塵に怯んで、ホテル周辺の商店街(アーケード)に引き返す。衣料品店、雑貨店などがひしめき合う歩道を、人の波を縫うようにして歩く。

「サングラス!」「キーチェーン!」「帽子!」

四方八方から声をかけられるのを、まるで聞こえていないかのようにかわしながら、歩く。すると向こうから、鮮やかなピンク色の、しかし汚れたサリーを着、赤ん坊を抱えた若い女性が歩いてきた。彼女の足許には、紐でつながれた猿がいる。

猿。あれは、ペットだろうか。それとも、なにか見せ物だろうか……。と思ううちにも彼女はわたしに近づき、手のひらを差し出しながらいう。

「ライス・プリーズ」

まただ。どうしてこの人たちは、米を乞うのだ? 彼女の手を振りきるように先に進む。しばらく商店街を歩いて、ホテルに戻ろうとした道すがら、また猿を連れた彼女に出くわした。

(また会ったわね)

そんな表情をしながら、彼女はまた、近づいてくる。そして言うのだ。

「ライス・プリーズ」

気になって仕方がないわたしは、彼女に尋ねた。

「ちょっと訊きたいんだけど。どうして、あなた方はライスが必要なの? なぜ、お金じゃいけないの?」

すると彼女は答えた。

「We are not allowed. (わたしたちは、買わせてもらえないのよ)」

一瞬、言葉を失った。そうか。そういうことだったのか。わたしの動揺を瞬時に感じ取ったらしい彼女は、畳みかけるように言う。

「ともかくわたしたちは、お腹が空いているの。あそこのスーパーマーケットにお米が売っているから、お願い、わたしたちに買ってきて」

彼女らが、店で物を買わせてもらえないらしいことはわかったが、だからといって、わざわざ店に出向いて米を買い与える人は、果たしているのだろうか。それとも、そういうツーリストがいるからこそ、彼女らはこのような乞い方をしているのだろうか。

いかにも不条理な自分たちの境遇に対して憐れみを感じさせる、これは効果的な方法だと、彼女たちはわかってやっているのだろうか。

……わからない。

わからないが、わたしは彼女のために、わざわざ米を買いに行こうとは思わない。第一そんなことをしていたら、きりがない。中途半端なヒューマニズムに突き動かされたりしていたのでは、将来この国に住んだりなどできやしない。少々のことではたじろかないぞ、と、ふんどしの紐(!)を締め直す心境である。

 

■そしてプールサイドのランチ。気だるい午後。

町歩きを終え、ホテルに戻ったわたしは、プールサイドのカフェでランチを取ることにした。まずはビールでの喉を潤し、フィッシュ&チップスをオーダーする。約20ドル。ホテルの中と外との物価の違いに、またしても、困惑する。

ホテルの塀の外から舞い飛んでくるカラスが、誰かが食べ残した食事をついばみに来る。そんなカラスを、ウエイターらが追い払う。塀を自由に越えられるカラスの方が、さっきの猿の女たちよりも、きっと恵まれた食生活だ。

食後、部屋に戻りシャワーを浴びたら、睡魔がどっと襲ってきた。カーテンを閉め、ベッドに潜り込む。と、ほどなくして夫も戻ってきた。午後の打ち合わせまでにはあと2時間あるから、彼も少し眠ろうと部屋に戻ってきたのだった。

この日の夜は、ホテルのレストランで軽い夕食をとった。わたしはヴェジタリアン・ランチボックスをオーダーした。野菜やポテトのカレーのセットなのだが、日本の定食用の器に盛られて出された。このホテルには日本人観光客も少なくなく、ランチには日本料理メニューもあるため、器が「兼用」されているらしい。

確かに、小さな皿に小分けして盛るのに、日本の器は好適だが、しかし、インドにて、インド料理を、日本の器で食べるのは、何とも妙な感じである。


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