●夫から、名を呼ばれるとき。

非常にくだらないことだと思う。しかし、「ささやかな楽しみ」こそ、人生のスパイスである。

夫が非日本語圏出身者であるのをいいことに、わたしは時折、彼にわたしを「うさぎちゃん」とか「いちごちゃん」とか呼ばせていた時期があった。

もしも相手が日本人の男だったら「自分の顔を鏡で見てみろ!」どつかれそうなところだ。その点、インド人はいい。

「わたしのこと、たまに、いちごちゃんって呼んでね」と言えば、「OK!」ですむのである。いちごちゃん、と呼ばれると自分がなんだかキュートになったような気がするから不思議である。

しかし、そんなスイートな習慣が終焉を迎えるのに、さほど時間はかからなかった。数年前、ソーホーの込み合ったインテリアショップで買い物をしていたときのことだ。遠くから夫がわたしを呼んだ。

「うさぎちゃ〜ん! Come here!」

わたしがはっと顔を上げ、彼に向かって微笑みながら「なに〜?」と言った瞬間だった。わたしの目に入ったのは、驚きの視線でわたしを見つめる、それは若い日本男児だった。

やばっ!

以来、うさぎ&いちごに関しては強要するのをやめている。どこで日本人が聞いてるかわからんからね。

ところで、わたしのことを「みぽりん」と呼ばせようとしたこともあった。

「わたしのこと、みぽりんって呼んでね」

すると夫は突然、歌い出した。

♪ミポリン! ミポリン! ウォッシング・パウダー ミポリン!♪

なんでもインドには、ミポリンという名の「洗剤」がある(あった)らしい。急にありがたみがなくなって、却下した。

そして、彼が今、わたしをどう呼んでいるか、といえば、たいていはオーソドックスに「ミホ」である。でもたまに、

「博多クイーン」
「マイ芸者」
「歌舞伎ちゃん」

などと呼ぶ。わたしが返事をしないのは、言うまでもない。

(5/25/2003)

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