テロの、その後。

目黒玲子 REIKO MEGURO
(9/30/2001)

 


ワールドトレードセンターがテロにあった。世界中がテレビで見ていたであろうあのビルが崩れる場面を、私はアパートの窓から見ていた。教科書に載るような歴史的事件は、読んだり学んだりするもので、経験するものだと今まで思っていなかった。昨日の平和が、今日もあると思ってはいけないのか。

私は今までニューヨーカーを特に好きだと感じたことはなかった。彼らはバスを待っている時も、必ず話し掛けてきて、ずけずけと個人的な質問までする。スーパーのレジ打ちの女性は隣りのレジ打ちとしゃべりながら嫌々仕事をしている。楽しいことがあるとどこであろうが大きな奇声を発し、関係ない人間はそんな奇声も耳に入らないみたいにして歩いていく。彼らは図々しくてマイペースで自分勝手なのだ。

ところが今回この事件があって、私はニューヨーカーの見方が少し変った。平和な街にこんな惨事があったというのに、迅速にいろんな対応がされた。公衆電話が全部無料になり、バスも無料。現場近くのカフェやレストランでは報道陣やレスキュー隊にコーヒーを無料で配っていた。教会はあっという間にいっぱいになり、ひとりでも無事であるようにと皆が祈った。「献血をしてください」とテレビが呼びかければ、ゾロゾロと人が集まってきて、献血をする人が5時間も待たないといけない位の列ができた。事件から数時間しか経っていない頃の、いつ自分に同じ危険が降ってくるかわからない状態でのことだ。私が、動かない方が無難……と家で脅えている間に、みんながいろんな行動を起こしていた。人間を殺すのも人間だけれども、救うのも人間なのだと知った。

事件の翌日、私はやっと勇気を振り絞って外に出た。現場からそんなに近くはないものの、閉鎖区域には入っているため、車道にはパトカー以外は走っていなかった。いつもゴミゴミとした街がガラーンとしていて、人々が足早にどこかへ向っていた。不気味なぐらい静かな町を、灰色の雲と化したワールドトレードセンターが漂っていた。人々は顔を覆っていた。お互いに顔は知っているものの、いつもは挨拶すらしないレジ打ちの女性と目があって、どちらからともなく「Hi」と挨拶をした。「お互い無事だったね」を意味する挨拶だ。

通りの向こうで大きな荷物を運んでいるおじさんがいた。きっと閉鎖区域に車で入ることができずに、えっちらおっちら持ってきたのだろう。重くて耐えられなくなった荷物を、おじさんは道に落とすようにして置いた。「ダンッ」と大きな音がした。いつもであれば誰もが聞き流すその音に、周囲の空気が凍り付いた。肩をすくめるようにかがむようにした人たちの視線がおじさんに集中した。しかし事態を把握すると人々はすぐに「あぁ大丈夫」と普通に歩き出した。平和を失ってみんなビクビクしている。みんな平気なのではなく、事件に負けまいと戦っているのだ。

まだ、何も終ってはいない。私たちは多くの命を失ったし、この先何が待っているのかわからない。これからが戦いだ。戦争ではない。足が竦んでしまいそうになる自分との戦い。少しでも何かの役に立つための戦い。

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