5/22/2000 MBAの卒業式にて 9月に入学、進学が行われるアメリカでは、今が卒業式のシーズンである。 昨日は、マンハッタンから列車で2時間ほど南に走ったところにあるフィラデルフィアへ行った。ボーイフレンド(仮にA男としておこう)のMBA(Master
of Business Administration
経営学修士)の卒業式に参加するためだ。 何を着ていこうか、と考えたとき、クローゼットの奥にしまわれている、着物を思いついた。すでに結婚した妹がくれた振り袖だ。私自身は成人式に着物を着なかったので、着物と言えば高校時代に買った浴衣しか持っていない。 「着物を着よう」と思ったものの、着付けができない。マンハッタンには着付けをしてくれる日本の美容室があるが、あいにくフィラデルフィアにはないのだ。自分で着ることはできないものかと、インターネットの「着付け」のページなどを検索し、部屋中に襦袢だの紐などを散らかして着付けに挑戦してみるが、当然のことながらずぶの素人に着付けは難しすぎる。 日本人の民族衣装ともいうべく着物を着ることができないとは、何とも情けない。着付けくらい学んでおくべきだったと後悔するが後の祭り。丁寧に畳んで再びクローゼットの奥にしまった。 さて、土曜の夜、フィラデルフィアに到着。彼の父親と姉夫婦(母親は他界)はすでに数週間前インドを出発し、イギリスを旅行してフィラデルフィアに来ていた。彼らとはこれまでに何度か顔を合わせていたので、特に気負うこともなく、皆でレストランに出かけ夕食を楽しんだ。 街を歩いていると、至る所でA男の友人に出くわす。みな、遠方より来る家族を伴い、夕食に出かけているのだ。いちいち立ち話が始まって、なかなか先に進まない。 MBAの学生の大半は、一旦大学を卒業し、社会に出た人たちが改めて学んだ後、卒業するのだから、大学の卒業式ほど大げさなものではないだろうと予想していたのだが、さにあらず。A男の家族だってわざわざインドから駆けつけているし、他の学生の家族もそうなのだ。 翌日はあいにくの雨天にも関わらず、キャンバスは学生と家族たちであふれかえっていた。日本の学生も数十名在籍していたようで、日本語も聞こえてくる。 式はキャンバス内のスタジアムで行われる。フィールドにステージが設けられ、学生たちはそこに設置された椅子に座る。家族は観客席に。それにしても驚いたのは家族の多さだ。学生は800人程度なのだが、観客席は、その5倍以上の人々で埋め尽くされている。 A男の家族は比較的おとなしく、日本人にも似た立ち居振る舞いなのだが、私たちの周りに座っていた家族はさにあらず。右隣のイタリア人一家はやたらと女系で、姉だか母だか従姉妹だか姪だかわからぬが、10人近い女衆が、式が始まる前から大騒ぎ。ビデオを回し、携帯で「私たちはここよ!」と卒業生に知らせ、名前を叫び、まったく落ち着きがない。左前方に座っているアメリカ人家族も、母親が緑色の傘をびゅんびゅん振り回して息子の名を呼んでいる。おっと、左うしろの家族もどうやらイタリア人らしい。国旗を振っている。右下は中国人夫婦。ここは比較的静かである。 さて、歓喜に包まれて卒業生たちが入場し、式が始まる。数人のスピーチが終わり、いよいよ卒業証書の授与である。一人一人名前が読み上げられるたびに、その家族からの歓声が上がる。アルファベット順に読み上げられるので、家族らはそれを目安に「叫び」のタイミングを見計らう。 背後のイタリア人一家は、「ブラボー!!!」と叫び、隣の一家は「ウワーッ」と歓声を上げ、で大騒ぎ。 どこからか、アイドル歌手のコンサートを思わせる「ウォーッ!」という男ばかりのうなり声が聞こえてきた。あとでA男に聞いたところによると、彼の友達の家族らしく、男ばかり9人揃っているのだとか。兄弟の卒業式に皆で駆けつけるというのは、なんともほほえましい。 A男の番が来て、私とお父さんは「ワーッ」と叫んだのだが、遠く周囲の迫力には及ばない。お隣のイタリア人女性が「あら、言ってくれれば一緒に叫んであげたのに!」 式の後は、キャンバスの一画に食べ物や飲み物が用意され、卒業生と家族のためのパーティーが開かれた。互いの家族を紹介しあったり、卒業後の消息を確認しあったり。 名門校を巣立つ彼らは、今後のアメリカ経済を担っていくのだろう。いや、アメリカだけでなく、祖国の経済もまた。皆、生き生きと誇らしく、自信に溢れた表情をしている。競争心が強く、負けん気の強い彼らは、時に友達同士でさえ心を許せない2年間を過ごしてきたはずだ。しかしながら、この日ばかりは満面の笑顔で、互いの健闘をたたえ合い、互いの未来を祝福しあっている。 ビジネススクールでは、アメリカだけでなく世界各国の学生たちが学んでいる。前述したが、アジアからも日本をはじめ、韓国、中国、香港の学生たちが在籍している。アメリカに残って仕事をする人もいれば、祖国に帰る人もいる。 国際的なビジネス感覚と、世界の文化に対する広い見識を身につけた彼らが、祖国に戻ってからも尽力することを願ってやまない。