道路交通事情
(2003年9月号)
ストリートを歩くニューヨーカーは基本的に信号を見ない。信号を見るかわりに首を左右に振り、車の有無を確認、車が来ていないとわかると即座に道路を横切る。いや、たとえ目前に車があっても、渋滞で動かないとわかるや、わずか数十センチの車間を縫うように歩く。 ジュリアーニ市長時代、この「Jウオーク」(信号無視)を取り締まり、罰金を課した時期があったが、たいへんな不評を買った末、いつしかなくなってしまった。 碁盤の目のように通りが交差するマンハッタンでは、赤信号のたびにいちいち止まっていたのでは、なかなか目的地に到着しない。信号無視が生じても無理はない地理的条件ともいえる。 自分が歩行者の場合、Jウオークに対して寛大だが、自分がドライバーとなると話は別だ。マンハッタンの道路は、「母国の交通感覚」を携えた多国籍タクシードライバーに牛耳られているため、「常識的な運転マナー」が存在しない。詳細を記せばきりがないが、ともかくマンハッタンでの運転は「スリリング」の一語に尽きる。 しかし、私がマンハッタンで運転する際、最も恐れるのはドライバーではなく歩行者だ。車の流れが止まった瞬間、WALKだろうがDON'T WALKだろうが、お構いなしに歩き出す。道路の両脇から人々があふれ出し、車に向かって突き進んでくるさまは、壮観ですらある。 こちらの信号が青になったから進もうと思っても、人の波は途絶えず、最早身動きがとれない。やむなくホーンを鳴らして自己主張をするしかない。いつどこから人が飛び出してくるかわからないから恐ろしい。 そんな歩行者最優先のマンハッタンからDCに移り住み、街を歩いていて思ったのは、「歩行者が虐げられている」ということだ。最初のころ、うっかり「ニューヨーク感覚」で信号無視をしていたら、猛スピードで突進してきた車にイヤと言うほどホーンを鳴らされ辟易した。 だいたいDCは、横断歩道を横断できる時間が短すぎる。信号が赤(DON'T WALK)から白(WALK)に変わった瞬間から、もうすでに「白」が点滅しているのはどういうことか。気が急くことこの上ない。 更には最近、ダウンタウン中心部の信号は「残り時間(秒)」が表示されるものに変わったが、これがまた親切なのか不親切なのか判断しかねる。残り2秒くらいだと諦めもつくが、残り5秒くらいだと、ついつい小走りに渡ってしまい、まるで陸上競技のようで気ぜわしい。 さて、ニューヨークにいたころは、ドライバーに対して「運転マナー」など少しも期待していなかったから、少々のひどい運転には、大して腹を立てることはなかった。一方、DCは、きちんとしたマナーにのっとった、丁寧な運転をする人が多いだろうと想像していたから、初めてDCで運転をしたときには、非常に驚いた。 DC界隈には「サークル」が多いが、最初のころは道を覚えていないため、自分がどの道からサークルを「脱出」すればいいのかわからなかった。標識の文字も小さくて見づらく、特に夜間は手に負えない。標識を目で追いながら、ちょっとスピードを落として走っていると、すかさず後ろからホーンが鳴る。それもしつこく意地悪く。仕方なくサークルを2周3周したこともしばしばだ。 我が家はウィスコンシン・アベニューとマサチューセッツ・アベニュー交差点そばの、比較的交通量の多い場所にあるが、引っ越して来た当初、驚かされたのは、ドライバーのホーンの鳴らし方だった。この交差点は右折左折の制限が多いため、交差点内で立ち往生する車が少なくない。それに遮られた後続車は、まるで鬼の首を取ったかのように、それはそれはしつこくうるさく、ホーンを鳴らすのだ。 「パン、パン」と警告程度に鳴らすのならまだ我慢はできるが、「パーーーーーーーーーーーーーーン」と5秒10秒、延々とホーンを押し続けるのである。そこには微塵の寛大さもない。異常である。 それが滅多にないことなら我慢できるが、一日に何度も、なのだ。最初のころは、いったいどんな輩が運転しているんだ! と息巻いて窓から道路を見下ろしたものだ。たいていは、中高年のビジネスマン風の男性(たまに女性)で、小ぎれいな高級車に乗っている人だった。 彼らはまるで、仕事で溜まったストレスをぶつけるかのように、ホーンを鳴らし続ける。最近では、これらのしつこいホーンにも慣れ、騒音に対する苛立ちよりも、こんな形でストレスを発散する彼らに、憐憫の情さえ抱くようになった。 運転マナーの悪さに加え、DCの道路自体もまた特筆すべき悪さだ。我が家の界隈でいえば、ジョージタウンのMストリートは鉄板だらけで醜悪だし、ウィスコンシン、マサチューセッツは、どちらも随所にボコボコとつぎはぎによる激しい起伏があり、とても超大国の首都の道路とは思えない。 昔、取材でマレーシアのボルネオ島へ行ったとき、材木の輸送でボロボロになった舗装路を走ったが、それを彷彿とさせる悪路ぶりだ。クッションの利かないバスに乗ったとき、そのひどさが実感できる。道路の凹凸をもろに受け、それはそれは激しい振幅で、場所によってはしっかりと手すりを握りしめていなければ振り落とされる勢いだ。 あまりの揺れの激しさに、思わず笑いが込み上げてくることさえある。去年、腰痛になった折、フレンドシップハイツにあるカイロプラクティックに行こうとバスに乗り、余計に腰を痛めた苦い記憶が蘇る。この時はさすがに笑っていられなかった。この街は、4WDでドライブするのが望ましい。 ちなみに私の部屋からは、ウィスコンシンからマサチューセッツへ東へ向けて右折する角が見えるが、ここが鋭角なため、うまく曲がりきれない巨大な観光バスが、信号を備えた街灯に衝突するのを、この1年半のうち、少なくとも5回は目撃した。 その都度、ポールは微妙に曲がり、明らかにダメージを受けているのだが、バスは態勢を立て直すと、何事もなかったかのように走りすぎていく。 数カ月前に、かなり派手にぶつかったバスが、ついに街灯を壊した。破片などが散らばったため、このときはさすがにポリスが出動して処理したが、壊れた街灯部分が撤去されただけで、傾いたポールはそのままの状態だった。その痛んだポールに、先週、またバスがぶつかった。 いつかポールが倒れて人が下敷きになるんじゃないかと気になり、ポリスに通報しようかと思った矢先の昨日、新しく、低いポールに取り変える工事が行われた。心配事が一つ減って、ホッとした。 この調子で、DCの道路事情が、少しずつでも「改善」されることを願わずにはいられない。 |