最新の片隅は下の方に

SEPTEMBER 16, 2005  孤愁のゆうぐれ

窓から流れ込む風に、木の葉のざわめきに、遣る瀬なさ募れば。

仕事の手やすめ、ふと面(おもて)あげれば、空に架かる満月。

不在のうちに、秋は、来ていた。

 

SEPTEMBER 17, 2005  今年最初の、秋の、土曜日。

- ワッフルを焼いた。週末の朝と平日の朝を区別するかのように。
- ウィリアムズソノマで買ったワッフルマシンは、片手で持つと腱鞘炎になりそうな重量感。
- 電源を抜かなければスイッチが消えない。アメリカだもの。
- どんな国であれ、母国での暮らしに比べたら、不都合が多いのは当然だ。どんな国であれ、だ。

- アパートメントのパティオの木に、実がなっていた。
- 「ライチー?!」と夫。願望が、即、口をついて出る君よ。

- 土曜のファーマーズマーケット。秋の果物と野菜。
- 花もまた、秋の色をしている。子を抱くように、束を抱えて帰る楽しさ。
- ひんやりとした水で、ニンジンの泥を洗い流す気持ちよさ。

- 眼鏡が合っていないような気がする、と夫がいうので、ショッピングモールの眼鏡店へ行く。
- 夫を待つ間、とっくりのセーターと、花と蝶がついたベルトを買った。
- GODIVAでトリュフをひと粒お味見。米国の試食は太っ腹サイズだ。おいしかった。

- 半袖姿の人もあれば、革のジャケットを着ている人もある。

- 夫の視力はかわっていなかった。「おかしいな。右目の方が見えない気がしたんだけど」
- わたしは左右が同じ視力だけれど、左の方が見えにくい。霞みやすい。そんなものかもよ。

- サンタナロウを歩く。母とは何度も来たけれど、夫と歩くのは初めてのこと。
- Brooks Brothersで、夫はベージュと紺色のパンツを買った。

- ブックストアで、夫が SUDOKU の本を買った。インドでも見た。英国で流行ったらしい。
- "donna hay" という雑誌を買った。すてき。オーストラリアのマーサ・スチュワート?

- アジア料理の店 STRAITS へ。「45分待ちです」と、ビーパー(ポケットベル)を渡される。
- バーで待つことにした。こんな日恒例の、マティーニを。

- 英国の"BLUE BIRD" 以来、飲みたがっていた「ライチーマティーニ」を見つけて夫はご機嫌。
- わたしは「モヒトマティーニ」を。どちらもおいしい。

- 喧噪に漂い、甘くほろ苦く、香りよいものを飲む。おつまみに頼んだサテーもおいしい。
- 過ぎた秋の日を思い出す。ジョージタウンのMIE N YU のことな
ども。一昨年の9月6日

- テーブルに移って、ダンジネスクラブのチリソースと、ジンジャーヌードル。
- 諸手をべたべたにしながら、カニに対峙する我ら。
- 世界中のどこであれ、殻付きのカニは、人を無口にさせるね。食欲と根気強さの調和。
- そして食後。殻の山を目の前にしての、達成感。「手を洗ってくるよ」と席を立つ夫。

- 久しぶりに、映画を観よう。本当に、久しぶり。
- "TONY TAKITANI"をやってるよ! 観たい観たい! 原作が、村上春樹、だからだろうか。
- HARUKI MURAKAMIは、米国でも人気の作家。彼は自分で、米国の出版社に営業したという。

- 僕は、"BROKEN FLOWERS"がいいよ。ビル・マレー主演、ジム・ジャームッシュ監督。
- わかった。トニー滝谷は、ひとりで観に来るよ。

- 面白かったね、映画。僕はビル・マレーの雰囲気が好きだなあ。帰路の助手席で、饒舌な夫。
- やっぱり、TV、買おうよ。インドで買って来たDVDも観たいしさ。
- そうだね。すぐに引っ越すことになったとしても、あった方がいいかもね。TV。

- 長袖でも、寒い。見上げれば、中秋の名月。

 

SEPTEMBER 18, 2005  選択肢

TONY TAKITANI、観に行く?」
「あなたの好みには合わない映画だと思うけど、いいの?」
「いいよ」

今日のサンタナロウの目抜き通りには、日曜恒例のファーマーズマーケット。
映画の上映時間まで、散策する。焼きトウモロコシを食べる。

その映画は、ひどく寂しく孤独な世界だった。
暗い映画館から、外に出た瞬間の空が、空々しいほど淀みのない、空だった。

「インド人の99%が、あの映画を理解できないと思う」
「どうしてあの男は、たとえば会社の同僚とか、友達と、話そうとしないの?」
「なぜ、あの女の人は、死ななければならなかったの?」

彼女は洋服を買い続けた。買っても買っても買っても買っても、買いたりなかった。
そこにある空虚は説明しがたい。主に日本にあって、余りインドにはない種類の空虚。

ネットを通して同志を募り、練炭自殺をする人がいる。何年も自室から外へ出ない人がいる。
理由を説明しているうちに、悲壮よりも滑稽が勝る。その悲哀。

なぜ inside a car で coalをたいて、CO2 poisoning で死ぬような方法を選ぶのか。
そもそもなぜ、見知らぬ人と連絡を取り合って死ぬのか。

早めの夕食を食べようと、イタリアンのテラスに。
パリパリのピザは(見た目はいまひとつだけれど)、香ばしくてスナックのようでおいしい。
わたしたちの、味覚のストライクゾーンは広い。
それはとても幸せなことだ。

通りをゆくのは、ピカピカの車ばかり。ここでは、なにもかもがピカピカしている。

「僕は、格好いい車に乗りたい、なんて言ったりもするけれど、
でも、本当を言うと、それがそんなにすばらしいこととも、うらやましいこととも、
すごくほしいものだとも、思わないんだよね。特に、最近では……」

わかってるよ。

わたしだって、あの宝石が欲しいと思うこともあるけれど、少しも必要ないとも思う。
ルイ・ヴィトンの、あのバッグはすてき、と思うけれど、買わなくてもいいや、とも思う。

だからこそ、どの世界の、どの位置に、どの場所に、
身を置くべきなのか、目標を据えるべきなのか、混乱するのだ。

このごろは、選びかねる人の気持ちも、よくわかる。

 

SEPTEMBER 19, 2005  夜の散歩

まっすぐに、のびるもの。

どこまでもつづくもの。

すんなりと、屹立するもの。

天を仰げば。

汽笛に耳を澄ませ!

 

SEPTEMBER 20, 2005  予感

ようやく今日、Muse Publishing, Inc.の、最後の会計処理をすませた。

後回し、後回しにしていた作業を終えて、ようやく。

銀行口座の、最後の明細の日付は8月31日。

わたしにとって、それはいかにも、「締めくくり」にふさわしい日。

Muse Publishing, Inc.を通して、このてのひらに得たものを、思う。

今日は、この部屋から、初めて雨を見た。

いつもなら、午後には晴れ渡る空がいつまでも淀んでいて、やがて稲妻、雷鳴、雨。

アスファルトを濡らす雨の匂いが、香ばしいくらい鮮やかに、窓の向こうから流れ込んできた。

黙々と、数字を合わせながら、驟雨を聞く。匂う。

計算が終わり、紙を束ね、会計士への手紙を綴り、すべてを黄土色の封筒に入れる。

宛名を書き、封をする。

終わった……。と、顔を上げれば、窓の向こうに虹。

部屋を飛び出して外へ。

夕陽の色をした虹。雲の名残に残照。

部屋に戻る前に、薄明かりのプールサイド。

水面から、ゆらゆらと、湯気が立ちこめている。

ジーンズの裾を折り曲げて、ジャクージーに足をつける。

生まれては消え、生まれては消える、水面の泡を見つめる。

また、新たしき、ときのはじまり。

 

SEPTEMBER 21, 2005  均衡を保つ

7年前と、3年前に、1度ずつ、会ったきりの知人の名前を、日系のタブロイド誌で見つけた。
サンフランシスコで写真の個展を開いているという、その案内だった。
彼女がこちらに来ていることさえ、知らなかった。

早速、彼女のホームページを訪れ、「お会いしませんか?」と連絡をした。
彼女もまた、わたしがこちらに来ていることを、知らなかった。

彼女は1年間の予定で渡米し、今月末に帰国するのだという。
その忙しい合間を縫って、数日前、会いに来てくれたのだった。

午後の2時から、日が暮れるまで、ひたすらに語り合っていた。
ビールを飲んで、遅いランチを食べて、お茶を飲んで、またビールを飲んで。

彼女がくれた、彼女の手がけた本に目を通す。

わたしがこうして、毎日のように、写真や言葉を記録するのは、
そもそもは、
それが、仕事に近いから、とか、好きだから、ということもあったはずだけれど、
わたしが健全であるための、最早「必要な日課」なのだと気付いた。

野菜や果物でヴァイタミンを補給するように、
肉や穀物で、力をエナジーを蓄えるように、
心ひかれるものを撮り、心にうかぶものを記す。

 

石原眞澄さんのサイト artaira.com

 

SEPTEMBER 22, 2005  はじめての町で

サンノゼの紀伊國屋に行った。

欲しかった本は見つからなかった。

サラトガアヴェニューを、家路とは反対の方向に走る。

このまま、真っ直ぐに走れば、サラトガの町に到着するに違いない。

はじめての町で、今日は読書と書き物をしよう。

いくつもの、古びた教会が点在する、緑濃き山あいの道。

果たしてサラトガの町は現れ、糸杉の姿が愛らしい。

静かな目抜き通りには、アンティークショップやカフェやレストラン。

車を停めて、小さなカフェへ。

コーヒー豆を切らしていたので、ついでに買った。

風が肌寒く感じるまで、しばらくそこにいた。

ここでは、山並みが近い。

 

SEPTEMBER 23, 2005  メンテナンス

「この年齢になるとね。月に一度はフェイシャルに行ってメンテナンスしないと、どんどん皺が増えて老化が進むんだよ」

そう夫にまことしやかに言ったのは数年前。

自称「ミホのクオリティコントロール(品質管理)」担当の夫は、自分のことは棚に上げ、わたしの外見に厳しい。

髪を束ねていると、「ミホの顔はフルムーン(満月)みたいで大きいから、髪を下ろして隠すべき」

外出時、化粧を薄めにしていると、「ミホ、もう少しファウンデーションをつけたほうがいいよ」

週末の朝、すっぴんでいると、「ミホ。眉がない。SCARY(怖い)!」

少々興奮気味に話していると、「ミホ! 鼻の穴が膨らんでる! SCARY(怖い)!」

こちらの大衆的な日本食レストランでは、寿司の注文リストと鉛筆がテーブルに置かれていることが多い。料理を待つ間、夫はその鉛筆で、箸袋にわたしの似顔絵を描くことがある。

決まって彼は、わたしの「鼻の穴」から描きはじめる。何度やめてよと指摘しても、鼻の穴からだ。

夫曰く、「顔の中心から描くのだ」とのことだが、それは悪意に満ちている。しかし、その鼻の穴を中心に構成された我が似顔絵は、いつもたいへん上出来で、紛れもなく「わたしの顔」に似ているから腹が立つ。

そんなことはさておき、ここしばらく、お肌の調子が芳しくない我が顔を一瞥するに、「ミホ、そろそろフェイシャルに行った方がいいんじゃない?」との指令が出た。我が家にとって、フェイシャルは「必要経費」なのである。ふふふ。

しかるに今日はスタンフォードショッピングセンターのスパへ。いつも花に満ちあふれたここは、今日はより一層、秋の花が鮮やかで、より深く青い空を背景に、のびのびと、花弁を広げている。

すっきりとした顔で、ウインドーショッピングをして、ブックストアで本を買い、テラスでカフェラテを飲みながら、読む。ラップトップを広げ、文字を綴り出すも上の空。

ゆらゆらと風になびく花を見つめている。もう、瞬く間に、秋のただ中。ハロウィーン、サンクスギヴィングホリデー、クリスマス……。年末に向かって、時が加速度を増して流れていくころ。

 

SEPTEMBER 24, 2005  出口と入口

行進するペンギンの映画を観た。

あの長い長い、寒さとの闘い。

食べて、歩いて、出会って、産んで、歩いて、食べて、歩いて、育てて……。

なんという人生。

というか、ペンギン生。

果敢ないようでいて、揺るぎない。

頼りなさげでいて、力強い。

それが生きている限り、あらゆるものは、たくましい。

0か100か

無か有か

長い長い長いトンネルの出口に、いよいよ近づいている。

 

 

SEPTEMBER 25, 2005  もう?!

目的の店へ向かって、すたた〜っとメイシーズのフロアを歩いていたら。

ん? 視界の隅にまばゆい何かが。

えっ? もうクリスマスツリー?

ちょっと待ってよまだ9月だよ。

夏の名残を満喫しようと、

夕方、ひと泳ぎしようと思っていたのにもう、

夏気分、台無し。

 

SEPTEMBER 26, 2005  旅

今日は、ピアスを開けた。ようやく。20代のころ、一度開けたことがあったが、うまくいかなくて、そのまま閉じてしまった。それからは、ピアスはもういいや、と思っていた。インドで結婚式をするとき、開けてはどうかとインド家族に言われた。インドのジュエリーは、たいていがピアスとネックレスがセットになっているからだ。おしゃれ好きのウマからも、再三「ミホ、ピアスの穴、開けなさいよ〜」と勧められていた。米国では、ショッピングモールの、通路の中央にある「露店」のようなジュエリーショップで、ピアスを開けてくれる。ちなみに、皮膚科でも開けてくれるようだ。一番に目にとまったジュエリー露店で、開けてもらうことにした。店の女性はインド訛。「インドからいらしたの?」と尋ねると、2年前に来たとのこと。ムンバイ(ボンベイ)に住んでいた彼女は、子供の進学のことも考え、米国在住の身内をつてにグリーンカードを申請していて、それがようやく取れたから家族ぐるみで来たのだという。「わたしの夫はインド人で、わたしたちはインドに移住しようと考えているのよ」そう言うと、あからさまに驚きの表情を見せる彼女。すかさず「子供は?」と尋ねる。さらには「あなたはフィリピーノ?」とも尋ねる。フィリピーノはインドに向いているのか? こんな住みやすいところから、なにゆえ、インドに行くのかと、彼女は言いたげだった。

まだまだ見果てぬこの世界。わたしはもっともっと、旅をするのだ!

 

SEPTEMBER 27, 2005  お風呂上がり

ぐるぐる回る洗濯機にはまいったけど、

ここはほんとに、気持ちいい〜!

 

SEPTEMBER 28, 2005  走る日。

取材を兼ねての一日旅。

サンフランシスコで、最も人気のあるベーカリーのひとつに行く。焼き菓子と、パン。いい香り。
平日だというのに、列ができている。並んでいる人は、みなニコニコとしている。
クロワッサンと、ブレックファストロール、スコーンを2つずつ買った。

フィルモアストリートを歩く。

ジャパンタウンの近くに来たら、発作的に「カツカレー」が食べたくなった。
ビストロのテラスでランチにしようと思ってたのに。
日本のテレビ番組がガンガンに流れているレストランでカツカレー。なぜ? でもおいしかった。

それにしたって、サンフランシスコは坂道が多すぎるにもほどがある!
たいしたことない坂道ですら、路上駐車に緊張する。ずるずる滑る。

海を見下ろすブロードウェイを歩く。息が切れる。風が気持ちいい。

やがて午後。このまま、帰る気分ではない。

ルート101を南下するも、途中で進路を変えて、ハーフムーン・ベイへ。

山あいのパンプキンファームは、一面のオレンジ色。
一生分のパンプキンを見た。というくらいに、今日はパンプキンを見た。

小さなワイナリーで白ワインをテイスティングした。1本、買った。

太平洋を望むリッツカールトンホテルへ行った。海辺を散歩した。
そして、海を見渡すラウンジで、カクテルを飲む。

シャンパーンとラズベリーの、爽やかなカクテルを飲みながら、
オリーブとナッツと共に出される「わさびグリーン豆」をつまむ。
わさびが、ツンと鼻にくる。

しばらく書き物をする。

しばらくぼーっとする。

西日がまぶしい。椅子をずらす。

少しお腹が空いたので、ムール貝のスチームを注文する。

食べ終わるころ、西日が水平線に沈む。そろそろ帰らなければ。

でももう少し。とコーヒーを飲む。

すっかり日が暮れて、それから車に乗り込む。

街灯のない暗闇の中を、ヘッドライトだけを頼りに走る。

家路を急ぐ。

SEPTEMBER 29, 2005  リンゴ/インド/ブッダ

隣町、クパチーノにはアップルコンピュータの本社がある。マッキントッシュのコンピュータには、久しくお世話になっている。今日、カンパニーストアに行ってみた。リンゴマークのTシャツやキャップ、マグカップ、マウスパッドなどが売っている。記念に、オレンジ色の水筒を買った。

今日はまたしても、吸い寄せられるように、紀伊国屋書店へ。DC時代の3年間は、近くに大きな日本の書店がなかったから、たまにamazonでまとめて買っていた。「読むなら英語の本を」と努力していた時期もあって、敢えて日本の本を避けていたこともあった。

でも、日本語の方が何倍も早く読めるし、何倍もすんなりと頭に入る。もう、つべこべ言わずに、読みたいものを読みたいときに。だから、行くたびに、目にとまった本を買うのだが、最近の本は文字が大きくてすぐ読み終えてしまってもったいない。当然、米国では日本の本がかなり割高だから、「払う価値があるかどうか」も考える。

「あなたの頭の中は、いったいどうなってるの?!」と、夫に問いただしたくなることしきり、だった矢先、こんな本を発見。

『ビックリ! インド人の頭の中 - 超論理思考を読む』 こりゃびっくり! 迷わず購入。

思えば彼と出会って直後、彼は「この本を読むといいよ」と、わたしのノートに書き付けてくれた。それは、ヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』だった。翌日、マンハッタンの紀伊國屋書店で日本語の文庫本を買い、家にたどり着く前に、シェラトンホテルの、西日の射し込むラウンジで一気に読んだのだった。

あの日、活字を追いながら、彼との縁を強く感じた。そんなことを思い出し、「初心にかえる」ためにも、『地図とあらすじで読むブッダの教え(図説)』なんて本を買う。

「感情の置き場」をずらして、新たなる方策を練る。

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