最新の片隅は下の方に

FEBRUARY 1, 2005  ほのかに暖かい日。

凍てついていた枝が、光をはじきながら、ぽとぽとと雫をこぼしている。

小鳥たちが、太陽にいちばん近い場所で、羽根をふるふるさせながら、毛繕いをしている。

通りを行き交う人々の、頬が、ふわふわとほころんでいる。

C&O運河は、まるでこの街の峡谷。

まだしばらくは、寒々としている。

八つの花や実と、小さな角砂糖がひとつ入った、ほんのり甘いお茶を飲む。

ここで今日は、一冊のテキストを仕上げるつもりだったのに。

お茶を飲んでは、お湯を注ぎ、お茶を飲んでは、お湯を注ぎ……を、ただ、繰り返している。

なんとなく、気もそぞろに。

 

FEBRUARY 2, 2005  ときめき

やがてのインド行きに備えて、日本のアマゾンで注文していたインド関係の本が届いた。短期間に多くの情報を得るには、まず日本語の書物を読むのが手っ取り早い。ヒンディー語のテキストも日本語のものを取り寄せた。英語のテキストから学ぶより、日本語から学んだ方がはるかに効率がいいということを、英語のテキストを読んでいて気付いたのだ。文型の並びが、日本語とヒンディーは、近い。だから回り道をしなくてすむ。

原稿を書いている最中なのに、パラパラと全部に目を通し、それから一冊を手に取り読み始めた。書いたり、読んだりしているだけで、時間はぐんぐんと流れて行く。ときめきながらも、流れていく。

 

FEBRUARY 3, 2005  半ばインド人。

今日、インド大使館で、PIOカードを受け取った。Persons of Indian Origin Card。そもそもは、海外で生まれたインド人に向けて発行される身分証明書だ。このカードがあれば、ヴィザなしで、いつでもインドに入国できる。インドで仕事をしたり、不動産を購入することもできる。いわば米国のグリーンカード(永住権)のようなものだ。このカードはインド系の人々だけでなく、インド人の伴侶も持つことができる。だからわたしも受け取ることができた。窓口で受け取ったとき、日本のパスポートに挟まれ、輪ゴムで繋がれていた。夫のインドのパスポートと似ている。これでもう、わたしはいつでも明日にでも、インドへ行くことができる。1回の申請に於ける有効期限は15年。半年以上滞在する場合は申請が必要だけれど、多分、年に何度も海外に出るだろうからそれは問題ない。これで3つの国に、自由に住めるようになった。何だか、とてもうれしい。

とてもうれしいので、今夜は半ばインド人らしく、インド料理だ。久しぶりにラムカレーを。さまざまなスパイスを香り立たせ、タマネギを丁寧に炒め、トマトを加えて炒め、ターメリックやヨーグルトでマリネしたラムを炒め、そしてぐつぐつと煮込む。作家ジュンパ・ラヒリがエッセイで書いていたことを思い出して、彼女のお母さんの隠し味 <最後に砂糖をひとつまみ> を真似てみる。……ふむ。確かに味がまろやかになる。けれど今ひとつの旨味のためには、いつものわたしの隠し味を。ほんのちょっと、醤油を垂らす。……よし。これで完成。

本当は、ダル(豆の煮込み)と行きたいところだが、付け合わせは簡単に冷凍の豆で。これはEDAMAME。鞘に入っていない枝豆が、こうしてグリーンピーみたいな感じで売られているのだ。今日はこれをインド風に、マスタードシードやキュミンシード、塩胡椒などで軽く味付け。ココナツオイルで炒めれば南インドのケララ風料理。けれどないので、オリーブオイルでじっくりと、蒸し焼くみたいに火を通す。アメリカ的に加工された日本の食材をインド風に調理。今日もまた、国境のない食卓。

 

FEBRUARY 4, 2005  あり得ない

●21世紀のインド人(2004年4月初版発行)「第四章:インド駐在員の日常」より抜粋。

「食材は、インドでは普通調達しませんよ。駐在員の家庭では皆日本からか、バンコクの大丸か伊勢丹から運んでいるんです。インドの野菜を食べるのは私くらいで、とくに生野菜については駐在員の皆さんは日本から運んだもの以外食べていません。日本人だけでなく、外国人駐在員もインド産の肉や野菜はまったく食べないですね。ムンバイなどの港湾都市に住んでいる人たちだけが、新鮮な魚介類をときどき食べる程度です。水はもちろんミネラルウォーター以外は飲みません」
インドでは安心な食材が一切入手できないというのである。

冗談だろう、どこかにオチがあるのだろうと、読み進んだが至極真面目だった。あまりの内容に、呆然とする。本当に、駐在員らは「皆」、インドの食材を食べていないというの?

 

FEBRUARY 5, 2005  静かな土曜日。

冬の青空の土曜日のブランチ。ワッフルでもパンケーキでもフレンチトーストでもなく、今日もまたブレッド・プディングを焼く。特に冬の間は、オーブンの温もりや、ふわふわとした温かいものがうれしい。今日はリンゴをたっぷりとスライスして、バターと砂糖でじっくりと、炒めた。リンゴが黄金色になり、部屋中に甘酸っぱい香りが立ちこめる。黄金リンゴを器の下に敷いて、その上にブレッド・プディングを載せて蒸し焼く。タルト・タタンのような感じで。ふんわりとした焼き上がりを平皿に、逆さまにして供する。リンゴの味わいが生きて、この間とは同じ素材でも、違ったおいしさ。日本では、焼き菓子に使うのは紅玉だけれど、米国では青いグラニースミス。日本から来たフジを使うこともある。インドにはやはり青くてとても酸っぱく、そのままでは食べられないクッキング・アップルというのがあって、それでお菓子を作るのだとか。果物売り場の主役が、リンゴからベリーやピーチに変わるまでは、もうしばらくこんな食べ物を。

久しぶりに、余り寒くない午後なので、久しぶりに、二人で歩いて出かけた。
大使館通りを下って、デュポン・サークルまで。
翻る国旗を眺め、国名を当てながら、歩く。
枯れ木立はまだ寒々しくて、散歩の犬たちもおとなしい。
いち早く春を見つけた小鳥たちだけが、楽しげにさえずっている。
街を歩いて、店をのぞいて、早い夕食に窯焼きのピザとシーフードのグリルを食べた。
なんとなく、歩いて帰り始めたけれど、上り坂でくたびれた。するとちょうどバスが来た。
手を振ったら、バス停でもないのに止まってくれて、うれしかった。

バスを降りて、ただいま、とエントランスのドアをあけたら、小さな春が出迎えてくれた。

 

FEBRUARY 6, 2005  春の断片を拾う

気が付けば2カ月以上も、カテドラルの周りを散歩していなかった。
あまりに寒い日々が続いていたので。
久しぶりに森を歩いた。
視界を遮る緑がないので、無闇に見通しがよく、空がまばゆい。
色づいたまま枝から離れず、冬を越した枯葉がざわめいている。
カサカサと、乾ききっても健気に、日を浴びるときは美しく。

至るところに雪を残した、ビショップスガーデンズ。
花もなく、荒れ果てた花壇。
数カ月後には花に包まれるということが、
奇跡のようにも思えるほどの
いまこの瞬間の寂しさ。

父の灰を撒いた枝垂れ桜のたもと。
母が置いた丸い石が、小さな墓標となってそのままに。
しゃがみ込んでみれば、小さな小さな新芽がいくつか。
太い木の周囲の、ここにだけ、芽生えている。
刹那、夢と現が交錯する。
偶然のことかもしれないけれど、
偶然のこととは思わずにいよう。

 

FEBRUARY 7, 2005  まぶたをとじているような、

ながいまつげのあおいそら。

 

FEBRUARY 8, 2005  パンと弁当箱/ 車を洗う

今日は優雅フェイシャルの日。最近お気に入りのマンダリン・オリエンタルホテルのスパで。著しく冷却されたり、著しく乾燥されたり、苦境に立たされてばかりだった冬の肌が、柔らかくほぐされて、いやされた。遅めのランチは、1階のダイニングルームで。Bento Boxを注文する。Bento Box=弁当箱。浸透しつつある日本語の一つ。スクオッシュのスープ、鶏そぼろのご飯、白身魚、照り焼きチキン(枝豆添え)、ポテトサラダにアボガドサラダ……。それらを、パンと共に食すスタイル。どれも、それなりにおいしいのだけれど、全体に、何かがずれている。それはわたしが日本人だから感じることなのだろう。思い切りアレンジされたものならば、「新しい日本料理」と楽しめるけれど、微妙な味付けが、「正統派」と「ちょっと違う」の狭間にあって、全般に亘り決め手に欠く。この「まあまあな感じ」を創り上げる「微妙なずれ」は、料理に限らず現れる誤差。受け入れられる誤差とそうでない誤差について考えてみる、理屈っぽい気分のランチタイム。

ホテルのValet Parking*に預けていた車が、車寄せに停められた瞬間、その汚さに気付いて恥ずかしくなった。雪道を走った黒い車は、まばゆい日差しに照らされて、いかにも汚さを主張している。帰り道、近所のカーウォッシュに寄る。ここは、車内の掃除もやってくれるサービスがあるので気に入っている店。平日だというのに、いつになく込み合っていて、入り口には車の行列が出来ている。快晴の今日、みな、雪で汚れた車の汚さに気が付いて、「洗わなくては!」と思って来たのに違いない。まずは車内の掃除機をかけてもらい、それからマシンの中でシャンプー&シャワーをしてもらい、お風呂上がりはアミーゴのお兄さんたちがタオルで拭き取ってくれる。車内もきれいに拭いてもらって、すっかりきれいになった。清々しい気分で帰路に就く。

*ホテルやレストランなどのスタッフが、駐車場まで車を運転して止めに行ってくれるサービス

 

FEBRUARY 9, 2005  赤い鳥、小鳥。/ 赤信号/ いつもと違う場所で

たとえ、季節が行きつ戻りつしているのだとしても、
暖かな日差しの朝はうれしい。
久しぶりに、朝のウォーキングに出かけた。
フィールドを5周して、それから森の遊歩道を抜けて、ビショップスガーデンズへ。
誰もいない、まだ色あせた庭に、ときどき森で見かけていた、赤い小鳥がいた。
遠くから静かに、息を殺してシャッターを切る。
こういうとき、一眼レフのカメラが欲しいなと思う。
でも、大きなカメラを、朝のウォーキングには持って出かけないな、とも思う。

信号待ちで見つけた空。
葉脈みたいな、血管みたいな、
木枝の、その繊細な造形が、よく似合う。

友人とランチの約束をしていたので、ヴァージニア州のフォールズチャーチにあるショッピングモールへ行った。チャイニーズを食べて、カフェでお茶をして、それから隣にあったスーパーマーケットTrader Joe'sへ。いつもとは違うこの店で、今日は買い物をして帰ろうと思う。彼女が勧めてくれたパンケーキミックスや、なんだかとてもリーズナブルなワインを数本、それにマーケットオリジナルのドライフルーツやパンなどを買う。2ダースものバラの花束が、いつもの店の1ダースと同じ値段(15ドル)で売っていたので、うれしかった。それから、さらに隣にあるOffice Depotという、大型のステイショナリーショップへ行った。4箱買おうと思っていた写真印刷用の上質紙100枚入り34ドルが、期間限定で「1箱買ったら1箱無料」だった。つまり半額だった。こりゃ大きい。相当にうれしかった。とてもいい買い物をした気分になった。

 

FEBRUARY 10, 2005  石を身につける/ キッチンの真珠

知人のインド人女性が、ジュエリーのビジネスを始めたという。オープンハウスの案内が届いたので出かけてみた。界隈に住む日本人にも顧客になってほしいとのことだったので、然るべき資料も集めてあげて。インドをはじめ、世界各地から取り寄せたルビーやサファイア、天然石のジュエリーが、部屋いっぱいにディスプレイされていた。遠い遠い日、表参道で母に買ってもらった指輪と、よく似たデザインのペンダントを見つけた。付けてみると、なんだか似合う。気がする。ので買った。久しぶりに、古い指輪とお揃いで、身につけようと思う。
全体に、一般的な日本人の好みからは、やや外れている気がするけれど、訪ねてみたい方は、こちらへお知らせください。連絡先をお教えします。場所はベセスダのOak Forest Laneです。ピアスやネックレス、ペンダントヘッドなど、数十ドルのリーズナブルなものから、主には100ドル前後の商品が揃っていました。

パール・オニオン。
キッチンを彩る、真珠みたいな、小さいタマネギ。

 

FEBRUARY 11, 2005  最高のデザート

バレンタインズデーを目前に控えたキッチン用品の店は、赤い色やハートの形のさまざまが散りばめられていた。ウイリアムズソノマのショーウインドーにはオリジナルのモルテン・チョコレートケーキのキット。チョコレートケーキの中に、溶けた[Molten]チョコレートが詰まったケーキ。このケーキを見ると思い出すのはバルセロナのレストラン、Cal' Isidre。1990年に旅行誌の取材で訪れ、この店を知った。それから8年後、夫と旅をしたときに訪れた。海の幸を堪能した後、オーナー夫妻の娘であるペイストリーシェフによるデザートを注文した。それがモルテン・チョコレートケーキだった。取っ手のついた銅製の小さなソースパンに、こんもりと焼き立てのチョコレートケーキ。カカオの香りがテーブルに立ちこめる。スプーンを入れるとふんわり柔らかいスポンジの中から、とろりと滑らかなチョコレートがあふれてくる。スポンジに絡めるようにして、そっと口に運ぶ。ふわふわと温かく、ほのかに甘く、ほろ苦く、たとえようもないおいしさ。ただチョコレートとスポンジだけの、シンプルなデザート。パーフェクトだった。ラズベリーも、生クリームも、アイスクリームも要らない。あれ以上のデザートに、まだ出合えないでいる。あの店は、まだあのチョコレートケーキを出しているだろうか……。

 

FEBRUARY 12, 2005  POPOVER!

ポップオーバーを初めて食べたのは、ニューヨークに暮らし始めてまもないころの、土曜日のブランチタイム。アッパーウエストサイドにある、その名もポップオーバーカフェだった。焼き立てふかふかのポップオーバーは、中身が空洞のシュー皮みたいなパンで、ストロベリーバターをつけて食べるのがとてもおいしかった。もう何年も食べてなかったのだが、この間、スーパーマーケットでポップオーバーミックスを見つけ、思わず買った。パウダーに、卵とバターと水を加え、マフィン用の型に流し込んで焼く。焼いている間に、アンチョビーやトマト、アーティチョーク、コーンなどでサラダを作った。表面が滑らかなのはプレーン、ゴツゴツしているのはチーズを散りばめて焼いたもの。型から溢れ出すみたいに焼き上がったアツアツは、いかにもおいしそうで楽しそうで、笑顔を誘う。冷めてしぼんでしまわないうちに食べる。絶品、というほどの味ではないのだけれど、幸せな気分にさせてくれるユニークなパン。

 

FEBRUARY 13, 2005  HAPPY VALENTINE'S EVE!

明日は月曜日だから、一足先に今日、バレンタインズ・デーを祝うことになった。日曜の、しかもランチタイムに営業をしているレストランは少なくて、なかなか予約が取れずにいたところ、「オープン・テーブル」という便利なサイトを発見。シーフードレストランに空きがあったので予約を入れた。ほどよく冷えたセントラルコーストのシャルドネで乾杯。ほのかに甘く、くっきりとした味わいの白ワインが、瞬く間に身体全体を行き渡り、ランチタイムのお酒はなぜか酔いやすい。前菜にオイスターを3種類。ソースが付いてきたけれど、新鮮なものはできるだけシンプルに味わうのがいい。レモンを搾り、ほんの少しホースラディッシュを添えて食べる。どれもおいしい。クラムチャウダー、それからスォードフィッシュのグリルをゆっくりと味わったところでもうお腹いっぱい。デザートの入る余地なく店を出る。二人でほんわかと眠くなり、しばらく近所を歩いて酔いをさます。帰宅して、DVDを見始めたけれど、抗い難き睡魔に襲われてベッドルームへ。気がついたら外は真っ暗。「寝過ぎちゃったよ〜!」と言いながら、そんなだらけた感じもまた、ほんのり幸せな日曜日。

 

FEBRUARY 14, 2005  散り際。

この間、買い求めたバラの花。一日でも長く、美しくあってほしいと思う。
短く切りそろえて、小さな花瓶に活けかえた。
そして、ダイニングテーブルから、デスクの上に連れてきた。

まだ瑞々しく元気そうな花が、触れればたちまちハラハラと、花びらを落とす。
かと思えば、力無くうなだれている花の、乾いた花びらをちぎろうとしても、
頑なに、しがみついて、離れようとはしない。

どれも同じような顔をしているのに、それぞれに異なる、散り際。

 

FEBRUARY 15, 2005  Knock Knock!

春を待ち望む瞳に飛び込む

朗らかな刈安色。

麗らかな紅梅色。

 

FEBRUARY 16, 2005  雨上がりの、

傾き始めた太陽の光に包まれた世界は美しかった。
ビルディングの入り口の階段に腰掛けて、
煙草をくゆらせる青年の横顔は美しかった。
ゆらゆらとたなびく煙は美しかった。
遠い日。放課後の校庭でボールを追うあの子が、
あんなにすてきに見えたのは、
雨上がりの光のせいだったのかもしれない。

まだ冷たい風に髪をなびかせながら、坂道を下っていく。
ロシア大使館によく似合う、その空の様子。
風が心臓を貫いて吹く。

 

FEBRUARY 17, 2005  凍える夕暮れ

日がな一日、原稿を書き続けて、くたびれた。
日暮れどき、散歩をしようと何気なく外へ出て、風の冷たさにたじろぐ。
昨日は、だいぶ、暖かだったのに。
引き返そうかと思ったけれど、ジャケットのジッパーをしっかりと閉じて、
ちょっとだけ、歩くことにした。
カテドラルが、今日もまた夕映えで、はちみつ色。いい色。
カメラを持つ手が凍えて、だめだもう、大急ぎで引き返す。
途中で見つけた、地平線のあたりの、雲のきれいな有様。

それを見たくて、屋上まで行ってみた。
もう、寒いんだから、早く部屋に戻ろう。
と思いながらも、太陽の沈み行く様を見届ける。

 

FEBRUARY 18, 2005  朝

ぐるりと一周して、また太陽と出合えた朝。
一日の始まりが、神聖なものだと思える朝。

 

FEBRUARY 19-21, 2005  ブランデーワインとフィラデルフィアで過ごしたプレジデンツデーの三連休は楽しかった。

土曜日から月曜日まではプレジデンツデーの三連休。1週間前、急に思い立ち、フィラデルフィアのサルバドール・ダリ展を見に行くことにした。最初の1泊は、フィラデルフィアにほど近い、ブランデーワイン・ヴァレーという場所へ。B&Bへチェックインする前に、ロングウッド・ガーデンという庭園へ出かけた。化学製品会社として有名なデュポン社の、ピエール・S・デュポン氏によって手がけられた場所。冬だから、見るべきところはあまりないだろうと期待せずに出かけたのだけれど、その広大な温室に入った途端、思わず感嘆の声を上げた。外の凍て付くような寒さとは裏腹に、その暖かな温室の中は春だった。甘酸っぱい花の香りがあたりに漂い、柔らかな午後の日差しが緑に、色とりどりの花に、優しく降り注いでいる。(今回の旅の写真は、まだたくさんあるので後日アップロードします)

この、淡い黄色いトンネルはなんだろう……。ミモザ?
サインを見ると、「アカシア」とある。
アカシアと、ミモザが同種類の花だったなんて、今の今まで知らなかった。
「この道は、いつか来た道〜」
と何度となく歌ったのに、知らなかったなんて。

瑞々しい百合の花。緑がかった浅い黄色の美しさ。

一輪一輪、確かめるように、顔を近づけて香りを吸い込む。

白い金魚草の傍らで、うつむくブルーのポピーが際だつ。

無数の花々を、ひとときのうちに眺められて、本当に幸せな気持ちになった。様々な蘭の花、バラ、チューリップ、熱帯の植物、砂漠の植物……。閉館してしまうまでの2時間あまりが、とても短く感じられた。春から夏にかけては、広大なガーデンに花が咲き乱れることだろう。春にまた、必ず来よう。

そのB&Bは、グレース・ケリーの甥が所有する由緒ある邸宅だった。
乗馬好きだった彼の写真をはじめ、ラウンジには馬のモチーフが至るところに。
快適で、居心地のいい宿だった。

350エーカーもある広大な敷地の、ごくごく一部を散策して、馬とも記念撮影。

翌日。フィラデルフィアへ行く前に、デュポン氏の大邸宅(マンション)を見学。
これはスープの器のコレクションの一つ。

ブランデーワイン・ヴァレーから約40分のドライブで、フィラデルフィアに到着。
街の至るところに、サルバドール・ダリのバナーや看板が。

夕食は、3年前にオープンしたMORIMOTOへ。
森本さんはフレンドリーで、鉄人自ら、声をかけてくれ、
家族揃って歌合戦みたいなポーズで、写真撮影してくれた。
米国で放映されている"IRON CHEF"(料理の鉄人)は、夫の好きなテレビ番組の一つ。
「僕はムンバイの、タージマハル・ホテルのあなたの店にも行きましたよ!」
そのとき食べたエビ料理のおいしさを、熱く語っていた。
喜びひとしおの彼は、笑顔がはじけまくっていた。

翌朝は、ホテルそばのREADING MARKETへ。
生鮮食料品が並ぶその広大な市場の一画にあるクレープリーでブランチ。

雪景色の中、旅のハイライト、フィラデルフィア・ミュージアムへ。
夕べ降った雪が積もっていたけれど、運転、歩行には差し支えない程度でよかった。
夫はこの街に2年間住んでいて、わたしもときどき訪れていたのに、
ここには一度も入ったことがなかったなんて、どうしてだろうね、
あのころのわたしたちは、気持ちにゆとりがあまりなかったね、
などと言い合いながら、かなり長い、階段を上る。

もう、一言では言い尽くせぬほど、サルバドール・ダリ展は、すばらしかった。直前に予約したチケットは3時半からしかあいておらず、それでも30分以上並んで、4時以降の入場。彼の十代のころの作品から、最後の作品までの、膨大な作品群を一挙に見られて感無量だ。夫は、サルバドール・ダリについて、単にエキセントリックな画家だという先入観があったのだけれど、驚くほどの真剣さで作品に見入り、考えを改めた様子。大変な人混みの中、緻密に描かれた一つ一つの作品を追っていくのは大変な疲労感を伴ったが、閉館間際まで可能な限りじっくりと見た。ゆっくり見てなお、まだ何も消化しきれておらず、あと数回は、見に行きたい。展覧会は5月までなので、できれば平日に予約をとって、人の少ないときに見に行けたらと思う。なんだか意識朦朧の気分で、「雪が溶けていて、よかったね」と言いながら、DCまで2時間の帰路を走る。とても楽しい、連休だった。

 

FEBRUARY 22, 2005  SUNDAY NEW YORK TIMES

日曜日のニューヨークタイムズは、どっしりと重たい。
Travel, Book Review, Art& Leisure, Sports, Business.......
今週は、Style Magazine(春の女性ファッション特集)も入っていた。

ジュリエット・ビノシュ、オドレイ・トトゥ。
フランスの彼女たちの、ポートレイトの美しさに、
ページをめくる手が止まる。
(Photos by Paolo Roversi)

 

FEBRUARY 23, 2005  ブランデーワインとフィラデルフィアで過ごしたプレジデンツデーの三連休は楽しかった。

赤い服着た人たちが、

せっせせっせと土運び、

春の準備をしています。

"Mostly Martha"という、ドイツの映画を観た。ドイツ人女性シェフと、イタリア人男性シェフと、キッチンと、次々に現れる、おいしそうな料理の数々……。見ているうちにも、パスタが食べたくなってきて、一時停止。わたしもキッチンに立つ。

スパゲティ・アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ(Spaghetti Aglio, Olio e Peperoncino)を作ろうと思う。名前は長いけれど、一番簡単なパスタ料理。たっぷりの湯にたっぷりの塩。スパゲティを茹でる。オリーブオイルをフライパンにとろりと注ぎ、ガーリックを入れ、色づくまで炒める。そこに鷹の爪、パセリのみじん切り、塩を加え、ゆで上がったパスタを入れて、ザザッとあえるだけ。シンプルでおいしいパスタのできあがり。

 

FEBRUARY 24, 2005  また冬。

春の準備をした途端、土は再び雪化粧。

包丁を入れる。
パンがパタンと倒れた瞬間、
目に映るクリーム色の柔らかさ。
卵がはいっているパンの、やさしい表情。

(写真では、うまく色が伝わらないけれど)

 

FEBRUARY 25, 2005  名残

雪のあとの、青空の日の、まだ雪が溶けてしまう前の、
日光が白いあたりに反射するのや、
軒先のつららがポタポタと雫を落とすのや、
積もった雪がドサリと落ちて木枝がたわむのや、
子供たちが名残惜しむように橇遊びをする姿を、
惜しむように眺める。

FEBRUARY 26, 2005  お気に入り

急に決まったインド行き。航空券を受け取りに、車を飛ばしてインド人が経営する旅行会社へ。いつもいい便、いいホテルを、いいレートで探し出してくれるラメイシュに、今回も随分、お世話になった。さて、帰りに遅いランチを食べようとベセスダへ。久しぶりにメキシカンのリオ・グランデ・カフェへ行く。週末だけのスペシャルメニュー、キャデラック・プラッターを注文する。わたしたちのお気に入り。こんがり炭火で焼かれた牛肉のファヒタとロブスターのダイナミックな料理。豆の煮込みやライス、ワカモレ、それに焼き立てふわふわトルティーヤも付いている。もちろん二人で一皿をわけて食べる。ウエイターがサーブするとき、夫はいつも、尋ねる。「これ、一人で食べきる人、いますか?」「ええ、いますよ!」。ロブスターの味わいは、日によって当たりはずれがあるけれど、今日のは甘みがあって歯ごたえもよく、とてもおいしかった。さ、明日から1週間、インドへ行って参ります。

※プレジデンツデー三連休の写真を「マルハン家のアルバム」に載せていますので、どうぞご覧ください。

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