OCTOBER 23, 2004  今年最後の、秋の風景。それではインドへ行ってきます!

月曜から金曜まで、一度も青空を見ないままだった。

毎日雨が降ったり、曇っていたり。

そして土曜日。今朝目覚めたら、ブラインドの向こうに青空が見えた。

長いトンネルを抜けたような気分の朝。

今日の午後3時には家を出て、午後6時の便でフランクフルト経由ムンバイ。

帰ってくるころはもう冬の街。

だから、この束の間の、秋の風景を惜しむように、朝の街を散歩した。

もう荷造りは終わっているし、あとは簡単な片づけ物など。

落ち着いた心持ちの出発間際。

さて、これから冷蔵庫に残った食料を取りだして、ブランチの準備。

それではみなさん、行ってきます!

 

OCTOBER 22, 2004  Travel Journal

旅行前の買い物に、と、ジョージタウンへ行った。本当は靴を買いたかったのだけれど気に入った物が見つからなかった。なので旅のノートを買いに行く。夫には仕事用の書きやすいノート、わたしは旅のジャーナル用ノート。気に入っていた文房具店がクローズしてしまったので、バーンズ&ノーブルで買うことにする。ここにはジャーナル用のノートがたくさんあって、旅行用のノートもたくさんある。あれこれを手にとって、見比べて、いつもなら中面がな無地のシンプルなノートを選ぶのだけれど、今回は中面にデザインや写真が施されたユニークなノートを買った。

スターバックスカフェは、チョコレートドリンクの香りが漂っていて、なんだかすっかり秋の気配。いつもはカフェラテなのに、今日はカフェモカをセミスィートで。そうして買ったばかりのノートを広げ、早くも綴り始める。早く帰って、荷造りをしなければならないのに。

 

OCTOBER 22, 2004  どうしたの?

紅葉の街路樹の傍らを歩く。

ふと、視線を感じて見上げれば……

クマ……?

 

OCTOBER 21, 2004  ハロウィーン間近

アパートメントのフロントデスクに、ハロウィーンのデコレーション。

電飾を施された黒猫が、ゆっくりと口を開け、尻尾を振り上げる。

傍らには、ハロウィン仕様のキャンディが入ったボウル。

受け取りの荷物を探してもらっている間、小さなパッケージに入ったM&Mを食べる。

最初に出てくる一粒が、黄色かオレンジだったらラッキー。と、昔からのささやかな遊び。

ハロウィン仕様は全部がオレンジ。

 

OCTOBER 20, 2004  秋に合う味

夕食の準備をするころ。いつもお腹がすく。こんな時間に食べてはいけない。と思うのだけれど、バナナをちぎって食べたり、ナッツをつまんだり。今日は、料理に使おうと室温にしておいたブリ・チーズが標的。マーマレードを上に載せて、それからミニトーストを添える。こうなるともう、ワインまで開けてしまう。そしてほろ酔いで、料理をすることになる。それもまた、心地のよい、秋の宵。

ブリ・チーズに甘いジャムを載せると、お菓子のような楽しい味になることを、ホールフーズマーケットの試食で知った。それは直径が20センチほどの大きめのブリの、上部の白かびをナイフで薄く剥がし、その上にイチジクのジャムを塗ったものだった。パーティーのアペタイザーにもふさわしく、ワインにも本当に、よく合うのだ。
そして、秋の夜長にも。

 

OCTOBER 19, 2004  パンプキンの国

パンプキンがまっさかり。

スーパーマーケットの店頭にも、大きいのがゴロゴロとお目見え。

店内には、多彩な顔ぶれのパンプキン仲間が並ぶ。

オレンジ、黄色、緑にクリーム色、形も色も大きさもあれこれと。

いくつか買って並べたいところだけれど、もうすぐインド行きだから、今年はやめておく。

 

OCTOBER 18, 2004  インドからきた

この半年間、愛用しているインド製のソープや化粧水。緑のパッケージはBIO TIQUE。アーユルヴェーダのレシピに基づいて作られたハーブ製のプロダクツ。ハイビスカスのヘアマッサージオイルにフルーツのパック、バジル&セロリのソープがお気に入り。KHADIはニューデリーの国営ショップに売っていた。ローズウォーターとトゥルシ(インドバジルorホーリーバジル)の化粧水はお風呂上がりの肌にたっぷりと。ピュア・ローズウォーターは、首筋や腕にも付けてしまう。すると身体が甘酸っぱい、バラの香りになるのだ。その香りは朝になるまで残っていて、まるで天然のパフュームのよう。青いボトルは100%ココナツオイル。週に一度、ヘッドマッサージをするといいと勧められたもの。これはもう、まるでお菓子のような甘いココナツそのものの香り。洗顔は、バンガロールのエステティシャンに勧められたジョンソン&ジョンソンのクリーン&クリア(インド製)。どれもこれもお気に入り。どれもこれも1ドルから2ドル程度。高いものでも3ドルくらい。こんなにリーズナブルでいいのだろうか。と思うほどに。重たいのが難だけれど、またインドで、買ってこようと思う。

 

OCTOBER 17, 2004  大切な日曜日

来週の今ごろは、ムンバイの空の下。それから3週間余りののちに帰国するころは、冬だ。
つまり、こんな秋空の日曜日は今日で最後。と思うと、いてもたってもいられない。
「仕事は夜すればいいよ」。仕事があるのだという夫を言いくるめ、午後を外で過ごす。
そうだピクニックランチにしよう。しっとりと海苔の風味がする、久々におむすびを作ろう。
と、張り切ってキッチンへ行ったところがお米を切らしているではないか!
インド米やジャスミンライス、ワイルドライスはあるのだけれど、肝心の日本米がない!
なんということだ……。やむなくサンドイッチに変更。
トスカン・ブレッドをスライスして、粒粒がたっぷりのマスタードとマヨネーズを塗り、
スモークサーモンと薄焼き卵を挟んで出来上がり。卵の熱で、パンがふんわりするのがいい。
チェリートマトや、食べ残しのスナック、バナナなど、あれこれとバッグに詰め込む。
そうだハモスも持っていこう。それからお気に入りのミニ・トーストも。
小さなポットに紅茶を詰めて、新聞や雑誌、マットにブランケットも携えて、準備万端。
で、どこへ行くかといえば、お向かいのビショップス・ガーデンの芝生の庭。

日差しは鋭く暑いくらいなのに、吹く風はとても冷たくて、アンバランスなところが秋。
ランチを食べたら案の定、活字に目を走らせることなく、新聞を枕にしてゴロリと横たわる。
高い木の、てっぺんよりずっと高いところで、オレンジ色の蝶々がヒラヒラと舞っている。
「てふてふが一匹 韃靼海峡を渡っていった」……。気高い言葉の連なりを思い出す。
落ちていた黄色いテニスボールでキャッチボールをし、森を歩いた。日が翳りはじめるまで。

 

OCTOBER 16, 2004  みるみるうちに。

土曜の朝はいつもよりゆっくりと。端折らずにヨガをやる。
それから、いつもよりゆっくりと、スニーカーの紐を結び、ムクドリのキャップを被り、
もうすっかり日の高い外を歩く。
お向かいの大きな木が、てっぺんの方から次第に、黄金色になってきた。
今年もまた、胸に迫ってくるほどの鮮やかさだ。
ほどよく冷たい風を切るように歩きながら、フィールドへ向かう。
毎朝眺めているはずなのに、
もうこんなに、色づいていたのか。
これからはもう日毎に、街の色合いが変わって行くのだ。

 

OCTOBER 15, 2004  進化

この2年間、使い続けてきたオリンパスのカメラ。わたしにとって2台目のデジタルカメラだ。
一年前に買った3台目は、半年前、空港のセキュリティチェックの手違いで紛失されてしまった。
1台だけでは故障したときに困るので、インド旅行の前にもう1台、買うことにした。
これが新しい
カメラ。スペックは、オリンパスとほとんど変わらない。値段も。
けれど、操作性が格段によくて、使い勝手が非常によい。立ち上がりも極めて速い。
画質に関しては、これからしばらく撮影をして、得意不得意を確認していこう。
それにしても、デジタルカメラのみならず、
あらゆる電化製品の進化ぶりには、毎度毎度、本当に驚かされる。
どこまでも、突き進んでいくのね。

 

OCTOBER 14, 2004  ふた種類の季節感

買い物の用事があり、久しぶりにヴァージニア州のタイソンズコーナーまで行った。
ここにはいくつかのデパートやブティックが合体した、大型
ショッピングモールがある。
ニーマン・マーカスは、中でも最も高級なデパート。眺め歩くだけでもなんだか優雅な心持ち。
マンハッタン的な香りがするのもいい。無論、マンハッタンにこのデパートはないのだけれど。
あの街にいたころは、毎日のように街を歩き、あらゆる新しい「商品」を目にしたものだ。
季節を先取りした衣類やバッグ、煌めく宝飾品にインテリア雑貨、香るは新しいパフューム。
そしてこの街では、あふれる商品情報のかわりに、あふれる自然情報を五感で受け止める。
季節ごとの空と雲の形、風の感触、花や草木や小鳥の種類、朝露に濡れた芝生や枯葉の匂い。
そのどちらをも享受している自分を、ほのかに幸運と思う。それにしても、もうクリスマス?!

 

OCTOBER 13, 2004  Afternoon Tea

ランチを食べずに2時を待つ。 CAFE MOZUで、友人と、アフタヌーンティーの約束。
8月に、パレットみたいに盛り付けられたオイスターを味わった店だ。
あの日と同じ、水辺を見下ろす眺めのいいテーブルに通される。
"Good Afternoon" 給仕が恭しく、凝った装丁のメニューを供する。それを静かに開く。
DC初の「ティーのソムリエ」が選んだという30種類を超えるティー。
ページを行ったり来たりしながら、好みの茶葉を選ぶ。
やがて、それぞれの傍らに、それぞれの茶葉が入ったティーポットが届く。
蓋をそっと開けると、いい塩梅に出たダージリンの香りが、ふわっとあたりに立ちこめる。
まずは小さなカナッペが4種。その繊細な盛りつけを、目で楽しんだ後に、そっと口に運ぶ。

そして英国的「小振りでしっとり」ではなく、米国的「大きくがっしり」のスコーンが2種。
濃厚な風味のホイップクリーム、ジャム、パッションフルーツ風味のクリームと共に。
このスコーンを食べてしまったのでは、次のデザートが入らなくなりそう……
と思ううちにも、アフタヌーンティーらしき雰囲気抜群の
3段トレイに載ったスイーツ
このときはもう、すでにポットに湯をつぎ足してもらい、お茶を幾杯も飲んでいたころ。
「ゆっくりと、おしゃべりをお楽しみください」という、緩やかなもてなし方。
連続する甘い味覚に、「塩気があるものが欲しいね」「たこやきとか」などと言いながら。
雲間から太陽が、現れたり隠れたり。いつの間にか2時間以上も過ぎていた。
最後に粒チョコレートが3つずつ。食べきれなかったスイーツは「お持ち帰り」にしてもらった。

 

 

OCTOBER 12, 2004  仕事

空色のシャツを着た彼女は、スライド式のその扉は開け放ったままに、左手にはコークの缶、右手でステアリングを握りしめ、速度を落としながら路肩に迫り、きゅっと軽やかにステアリングを捌き、ブレーキを踏み込んだ。滑らかな停車の瞬間、厚く大きな唇をくっきりと三日月のように広げ、並びのいい白い歯を見せて微笑んだ。誰に向けてでもなく、彼女自身に向かって。鋭い西日が、褐色の額に照りつけて、その表情はいかにもまぶしい。エンジンを止め、車を降り、扉を閉め、海色のパンツのたるみを直し、トランクを開き、郵便物がどっさり入ったケースを2箱取りだし、重ね、がっしりと抱え、配達先であろうアパートメントの奧へ消えていった。

溌剌と。颯爽と。

 

OCTOBER 12, 2004  ジャパニ

ヒンディー語の教科書最初の会話文。英国から来たプラタプが、デリーのホストファミリーを訪れるシーン。
プラタプ:こんにちは。わたしはプラタプです。あなたはカマラさんですか?
カマラ:はい。わたしはカマラです。こんにちは。この男の子はラージです。
プラタプ:こんにちは、ラージ。大丈夫ですか? (いきなりAre you OK? と尋ねる)
ラージ:ありがとう。大丈夫です。あなたはイギリス人ですか?
プラタプ:いいえ、僕はイギリス人ではありません。インド人です。
ラージ:へえ、インド人なんですか!
プラタプ:そうです。あれは日本の車ですか?
ラージ:いいえ。あれは日本製ではありません。マルチです。

なんだか、妙な会話だ。いきなり「あれは日本の車ですか」って……。それはそうと、マルチはスズキの子会社だから、日本車みたいなもんだろうと、突っ込みを入れながら、書き取りの宿題をする。

 

OCTOBER 11, 2004  香り

最近は、インドで買ってきた自然素材の石鹸がたくさんあるので、買う機会はめっきり減ってしまったけれど、ホールフーズ・マーケットの石鹸売場の、優しげな色をしたさまざまな石鹸は、手にとって匂いを嗅いでみたり、入っているハーブの名前を確認してみたり、ついついしたくなってしまう場所。その一画に、「お香」のコーナーがある。日本のお香の、どうやら輸入品のようだ。白雲 White Cloud、五山 Five Hills 、京桜 Kyoto Cherry Blossom、金閣 Golden Pavillion、京錦 Kyoto Autumn Leaves.....。のきば(軒端)はなぜかMoss Garden、「苔の庭」になっているけれど、それはそれで日本情趣。そこから先は、チャイニーズなムードで、寶永香 Ethernal Treasureに大元香 Great Origin。

思えばもう、お香の煙が、冷ややかな空気に染みいる季節。久しぶりに、白檀のお香を焚きしめよう。

 

OCTOBER 10, 2004  相変わらず

あたかも2、3日前に話したばかり、というような声で、昨日電話がかかってきた。東京からDCへ出張に来ているS君だった。彼と初めて会ったのは1992年の夏の終わり、モンゴルのウランバートルでだった。同じ学年の彼は最初から「高校時代のクラスメイト」みたいな雰囲気を漂わせていた。以来、東京で何度か会い、わたしがニューヨークに移った後も、彼は出張の時に遊びに来たことがあった。前々回に会ったときは、最初の娘が産まれたばかりで、前回会ったときは二人目の娘が産まれたばかりだった。いつだったろうと日記を遡ったら、2001年の春だった。あのときのわたしは独身で、ワールドトレードセンターもあった。あれから3年余り。「大人になったから」と言いながら、手みやげにチョコレートを持ってきてくれた。すでに面識のある夫と3人で、近所のメキシカンでランチを食べた。今回は三人目の娘が産まれていたわけではなかったけれど、長女は小学校一年生になっていた。食事のあと、近所を散歩した。リスの写真を撮る彼を見て、夫が耳打ちする。「S君はリスが好きなのかな?」「多分娘たちに見せるんだよ」。秋風が心地よい午後。歳月は重なり、年を重ねる。容姿も変わり、心持ちも変わる。この次は、いつ、どこで会うだろう。また、クラスメイトみたいな感じで。

 

OCTOBER 10, 2004  足跡と記憶の扉

クローゼットの上の棚に、たくさんの地図が入った箱がある。旅先で手にする無数の紙類は、やがて捨ててしまったけれど、地図だけはいつまでも残っている。遠い日の旅のことも、地図を開けば思い出せる。縮尺の小さなドライブマップ、縮尺の大きなシティマップ、マーカーやペンで印がついたもの、泊まったホテルや訪れたレストランが書き込まれたもの……。地名や道路や、道や建物を目で追ううちに、過ぎし日の情景が蘇ってくる。

先日、ダウンタウンを歩いていたとき、地図や旅行書の専門店を見つけた。出版社ごとに分類された旅行書の背表紙が、書棚に整列しているさまが美しい。アジアの地図のコーナーで、インド全図を見つけた。3種類あったそれらの一つ一つを静かに開き、地名の書体や道の太さ、色、全体のバランスなどを見比べて、一番気に入った一つを買った。インドとネパール、パキスタンが網羅されたこの地図。買ってすぐにすることは、地図の裏の端々や折り目の部分にセロテープを貼り付けて補強すること。これから先、何年かの間に、きっと書き込みが増えるであろうこの地図が、すぐに破れてしまわないように。

 

OCTOBER 9, 2004  ふかふか

好きな食べ物と話題に共通点が多いせいか、しばしばディナーを共にするルーマニア人カップル。今日はDCで最も「クール」なレストランの一つ、Zaytinyaで待ち合わせ。地中海の東側の国々 <ギリシャ、レバノン、トルコ> の料理が味わえる店だ。予約を取らないこの店の、だからバーにはグラスを片手にテーブルを待つ人々がひしめき合う。話し声が高い天井に反響し、恒常的な耳鳴り状態。バーの一隅にスペースを確保し、わたしたちも渦の中、半ば叫ぶみたいな声で語り合う。ようやく1時間後にテーブルへ。空きっ腹にカクテルは染み渡り、メニューを読むのさえもどかしい。料理の名前を目で追いながら、ふかふかのピタ・ブレッドへ手を伸ばす。中に温かな空気が入った焼き立てを、オリーブオイルにつけて食べつつ、Mezzesと呼ばれる小皿料理をいくつか注文。料理が来る前に、ピタを食べ尽くしてしまい、これは2籠目の写真。ナス入りのハモス(ヒヨコ豆のペースト)やスパイシーなエビのグリル、チキンのマリネ、ソフトシェルクラブなど、どれもピタとの相性抜群。相乗効果で食が進む。「アトキンズ・ダイエットなんてやってられないよね!」なんて言いながら、3籠ものピタを平らげた。

 

OCTOBER 8, 2004  格別の夜

わたしたちの住むアパートメント・ビルディングのサロンで、ニュージーランドワインのテイスティングが行われた。サロンは秋色に彩られ、キャンドルが灯る。ワイングラスを片手にご近所さんとおしゃべり。ニュージーランドのPuriri Hills Vineyardというワイナリーの女性オーナーと、ニュージーランドワインのバイヤーである息子によるプレゼンテーション白ワイン2種にロゼ1種、赤ワインを2種。少しずつを味わいながら、さまざまな種類のおいしいチーズを食べながら。スーツ姿の男性はニュージーランド大使館員。わずか2週間前に赴任してきたばかりの彼と、ニュージーランドを語り合う。山、湖、渓谷、フィヨルド……。小さい島国だけれど、起伏に富んだ自然の美しさが散りばめられているニュージーランド。車を少し走らせるだけで、思いがけない光景が現れ、ドライブが最高に楽しい。そういえば今日、スーパーマーケットで、ニュージーランド産のラム肉と、キウイを買ったのだった。そして更に、わたしも夫も気に入った白ワインを、2本ずつ買い求める。

やがて、サロンの一画で「ニュージーランド料理」の準備が整っていた。ワイナリーのオーナーによるスピーチのあと、ダイニングルームのドアが開かれる。"Wow!" "Incredible!" "Amazing!" たっぷりの料理で埋め尽くされたテーブルに、歓声が上がる。シーフードのマリネ、スモークサーモン、ツナのディップ、ムール貝のグリル、ラムチョップのグリル、ポークのローストなどなど……。おいしいワインとおいしい料理は、よりいっそう、人々を饒舌にさせる。笑顔もまたよりいっそう。

ストックホルム郊外から赴任してきたスウェーデン人夫婦、ジョージタウン大学教授のインド人女性、国際機関で働く中国人女性、イタリア人女性、ホワイトハウスで働く米国人女性……。あちこちに星条旗が翻るワシントンDCにあって、インターナショナルな面々が暮らすこのアパートメント・ビルディング。初めての人たちと、初めての話を聞くことの、わくわくとする気持ち。第二回大統領公開討論が始まる9時になるまで、語り続けた夜。

 

OCTOBER 7, 2004  おみやげ

夕べ夫は11時を少し回ったころに帰宅した。右肩にはビジネスバッグ、左手にはバケットの白い紙袋を抱えて。仕事の関係者が郊外に開店したレストランでのパーティーだったらしい。店の外には池があり、大きな鯉がいたという。オーナーの趣味は古書の収集で、本にまつわるさまざまなエピソードを披露してくれたという。「今度一緒に行こうね」と夫。「ぜひとも」とわたし。朝目覚めて、その小さなバケットを袋から取りだした。サルバドール・ダリの絵に出てくるようなバケット。二つに切り、更に二つに切り、表面を指先で触り、匂いを嗅いで、少しわくわくしながら、トースターに入れる。こんがりと焼けたところにバターを塗る。端っこをパリリ、と囓る。おいしい。こんなパンを焼いてくれるベーカリーが、近所にあったらいいのに。食後、そのレストランのホームページを探した。この道20年余のパン職人が、店のキッチンで1日に2回、パンを焼いているのだという。Cherry Chocolate/ Cumin Country Rye/ Sunflower Country Wheat/ Cranberry Pecan/ Fig Licorice Almond/ French Baguette/ Garlic Focaccia/ Golden Raisin Orange/ Mountain Gorgonzola/ Olive Rosemary/ Parmesan Cayenne Focaccia/ Pumpernickel Raisin/ Currant Walnut…… なんて楽しげなパンの数々! 

 

OCTOBER 6, 2004  変わり目

夏から秋への、ただなかにある木々。などを見ながら、今日は一日、とてもよく歩いたのだ。

マサチューセッツ・アヴェニュー <大使館通り> の緩やかな坂を下ってゆく。
さまざまな国の旗が、青空を背景に、ふわふわと翻っている。
海軍天文台の周りの並木も色づき始めた。チェイニー副大統領は、いつまでここに住むだろう。
インド大使館前の
ガンディー像。ヒンディ語で記された彼の名を読めるうれしさ。
"My Life is My message"
デュポンサークルのイタリアンでランチ。そのテラスから見える
謎めいた車
そして来年は、誰がこの
白い家に住むだろう。

 

OCTOBER 6, 2004  携帯電話

桜の花が散るころ、大切な友だちが死んだ。
新緑が芽吹くころ、日本に住む父が死んだ。
そして初夏の風が吹くころ、祖母が死んだ。

夜明け前。眠りの中で、わたしは、死んだ友だちと、電話で話をしていた。
彼女の携帯電話に電話をしたら、いつもの声で「もしもし」と彼女が出た。
「久しぶり!」
「元気?」
「相変わらずよ。そっちはどう?」
「結構、居心地いいわよ。あなたのお父さまにお会いしたわよ。おばあさまにも」
「すぐにわかった?」
「うん、全然問題ない。お二人とも、お元気そうだったわよ」
「またこの番号にかければ話せるよね」
「うん」
「また電話するね」

電話できるんだったら、死んでしまった感じがしないな、会えないだけで。
そして、目が覚めた。

地平線の真下に、太陽が潜んでいる時刻はまだ、夢と現が入り乱れ、
息を潜めて、携帯電話を見つめる。

 

OCTOBER 5, 2004  目指す場所

また、カボチャの季節。毎年この時期に行われる夫の会社のパーティーへ。今年で3度目。
「お元気でした?」「お仕事は続けてらっしゃるの?」「次の休暇はどちらへ?」
ワイングラスを片手に、差し障りのない会話と、絶え間ない笑顔。
27年前の創業メンバーは、もはや初老の男たちで、若い世代は、追随するかのように。
やがてテーブルに着席し、ディナータイム。隣席の彼は、60を過ぎたあたりか。
流麗なテーブルマナーで、スマートで、シニカルとユーモアが際どい、饒舌で。
「僕は毎日7種類の薬を飲んでいるんだよ」「……Anxiety(不安)を緩和する薬もね」
社会的な地位と富とを築き、年を重ね、しかし不安なのは、固執すべきの多さか?
この国の、この時代の、精神の揺らぎを薬で正そうとする人の、いかに多いことよ。

 

OCTOBER 4, 2004  試合

夕暮れ時。コンピュータのスイッチを切る。

ちいさな鞄に、ノートとペンと鉛筆と、2冊の本を入れる。

スニーカーを履いて外に出る。カテドラルの森のベンチに座る。

時折、鳥のさえずりの向こうで聞こえるホイッスルの音。人々の歓声。

ノートを閉じて、森の小径を抜け、フィールドに出る。

フットボールの試合をしている。冷たい芝生が気持ちいい。

 

OCTOBER 3, 2004  薔薇

わずかに咲き残る薔薇。

ほのかな香りを惜しむように。

小さきものらは、花びらを伝いて。

 

OCTOBER 3, 2004  残夏

最早この青空を秋晴れと呼ぶころ。今日は緑の中だった。
朝。緑のフィールドを歩き、緑の森を抜け、緑のビショップスガーデンへ。
それから買い物に行き、ランチを食べて、服を着替えて、また外に出る。
久しぶりにジョージタウンのダンバートン・オークスまで歩く。
この間、訪れたときは、薔薇の季節の始まりだった。今は薔薇の季節の終わり。
黄色や橙、紫、茶色の雛菊が主役ですっかり
秋の庭
その広々とした庭の、居心地のいい場所で、太陽が傾くころまで、過ごした。
木の幹や芝生に寝転がって微睡んだり、木のベンチに腰掛けて本を読んだり。
気づけばあちこちを蚊に刺されていて、いけない、やっぱりまだ夏は残っている。

 

OCTOBER 2, 2004  インドなランチ。

午前中は身体のメンテナンス。夫婦揃って、上海出身の女医さんが診てくれる鍼治療院へゆく。終わった後は、極めてけだるく、しゃべることさえ億劫なほどだけれど、お腹は空いている。

ドサが食べたいという夫に従い、ジョージタウンのインド料理店へ。ドサとは南インドの朝食。わたしたちの好物だ。その店を知ってはいたけれど、行くのは初めてだった。まずはマンゴーラッシーを注文。それから前菜に「バトゥーラ」を。これは小麦粉の揚げパンで、豆の煮込みと共に食べる。前菜と言うよりはむしろ主菜のボリューム。食べ終えたころ、「ギー・マサラ・ドサ」がテーブルに届く。これは米の粉でできたクレープ状のパン。ギーとはタンパク質や不純物のない、極めてピュアな溶かしバター。それが表面に軽く塗られている。筒の中にはマサラ(スパイス)で味付けされたジャガイモが入っていて、パリパリと香ばしいドサと一緒に食べる。あと3週間もすればまたインドで、毎朝のように食べられるのだけれど。

 

OCTOBER 1, 2004  金曜の夜

金曜日の夕暮れ時を、ホテルのスパで過ごす。ミストのサウナの、温かな霧の中で、身体をホカホカにしたあと熱いシャワーを浴びる。コットンの肌触りが気持ちいいバスローブを羽織って、キャンドルの灯が揺れる部屋へゆく。蘭の花があしらわれたベッドに横たわる。遠くで森の音がする。果物のような香りがする。やがてその優しげな手が、顔をすべる。じわじわと、解け、いつしか深い眠りの中。

夫が来るのを、ラウンジで待つ。あかあかと燃える暖炉が似合う季節になった。ソファーに深く腰掛け、よく冷えた白いワインを飲む。新聞を広げ、夕べの大統領選討論の記事を読む。「9/11の報復でイラクを侵略することは、フランクリン・ルーズベルトがパール・ハーバーの報復にメキシコを侵略した、と言うのと同じようなもの」そう言ったという、解任させられた日系のシンセキ将軍のことが、改めて気になる。

  

 

OCTOBER 1, 2004  朝の風景

夜明け前に起きる。生まれたての世界を歩く。まだ薄暗いテニスコートでは、年老いた男たちが白いユニフォームに身を包んで、のんびりと球を追う。木立の影から顔を出す赤い太陽にハッとする。四方八方に真白い光の矢を飛び散らしながら、太陽は昇り続ける。ピチピチとスズメたちが草むらに集う。いくつもの声色を持つ小鳥が、木のてっぺんで独唱する。大きな木の実をくわえたリスが足許をすり抜ける。長い尾をした独唱の小鳥は、白い帯のような羽根模様をヒラヒラ見せながら優麗に飛び去る。赤い木の実を付けた木に、冠をつけた赤い鳥が舞い降りる。風がそよぎ、草が香る。朝露に濡れた薔薇の花びら。グリーンハウスの店番ネコが挨拶に出てくる。妖精物語に紛れ込んでいる。

ハチミツ色に染まるカテドラル。その向こうに沈むは白い月。

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